虚節イッター:記事を更新したいお年頃になってしまったようです
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ファントム・アポカリプス エピソード:リーン=クレメント=アリシュナ
昔のことはもう忘れた。様々な事件の裏で動いていたかもしれないし、
全く興味を持たなかったかもしれない。それらは現在にある程度の影響を与えることはあれど、
決して世界の運命を変えるような規模ではなかった。彼は今までの歴史に退屈していたのだ。
ならば自らの手でこの世界をどうにかしてやろう、と、彼は数百年前に腰を上げた。
そのときの手下どもの不甲斐なさといえば、まさに塵のようなものだった。
数は多いが、自らの意思を持たぬがごとく、敵が手を振ればそれについて行く。
つまりは初めから無いに等しい軍勢で、次々と死んでいった。
仮初の勇者による殲滅、仲間同士の裏切り…あまりに無様な者たちは彼自身が殺した。
彼は忠実な下部の存在がときとしていかに利用できるものかということを理解していた。
絶対的な王のもと、完全なる統制のとれた軍隊は、たとえ人間といえども思わぬ力を発揮する。
彼には自らの目的を果たすため、忠実な下部が必要だった。
彼がスーナイを手に入れたのは、今から約百年前のことである。彼は人間の一家を襲った。
その家を選んだ理由は特になかったが、とにかく腹が減っていたのだ。そしてスーナイを見つけた。
見るからに幸せな家族の中にありながら、どこかに影を落としている。そういった者は扱いやすい。
少し非日常的な環境を与えてやれば、すぐに喜んでついてくることだろう。
どうやら彼の選択は正解だったようだ。スーナイは予想以上にいい働きをしてくれている。
計画は一気に加速していった。このままいけば、あと百年と経たぬうちに…
彼の目的、それは太古の昔、神々によって滅ぼされた千年王妃を復活させ、
自らの妻とすることだった。そして、ゆくゆくはその千年王妃をも手にかけ、世界を支配するのだ。
自らの思うままに争いを起こし、種を根絶やし、世界を恐怖で染め上げてやる。
そして、神狩りの時代がおとずれる。考えただけでも実に愉快だった。
彼が神狩りを計画するのには理由がある。彼は今までの長い人生の中で、
何度か死に直面したことがあった。一つは魔狼の血を濃く受け継いだ獣人の一族と闘った時。
一つは聖カトリック教会護衛騎士団100万騎と闘ったとき。
しかし、そのいずれの場合も彼はことごとく敵を滅ぼしてきた。ところが、かつて1度だけ、
いつまでも痛み続ける傷を負わされ、さらに止めを刺すこともできなかったものが存在した。
魔神バッフェンドートー=ゼルデラヌス。奴と会ったのは…
そう、以前にも私は奴の手によってこれと同じような目にあった。
魔法使いが召喚した巨大な門に吸い込まれ、この空間へと投げ出されたとき、奴の気を感じた。
この怨みが消えることはない…体の痛みも数年前にようやく消えたばかりなのだ。
次見えるときは圧倒的な力の差を思い知らせてやると誓った。それなのに現状は、
全ての部下を失い、魔狼の力になす術もなく、身動きのできぬまま再びこの地に飛ばされている。
幸いなことに、魔狼の爪はここへ飛ばされる途中で抜け落ちたようだ。
「お、見ない顔だな。」
見たこともない形状の生き物がそこにいた。とても強そうには…それどころか今にも倒れそうだ。
しかし、彼は私にその接近を一切気付かせることはなかった。
「貴方は何者だ?」
「ふん、こう見えても一応神だからな。低級ではあるが。」
なるほど、便利な言葉だ。確かに神という一言でどうとでも納得がいく。
しかしその神がわざわざ自分に声をかけてきたということは、やはり…
「その神が私に何の用だ?」
「お前、世界を我がものにって顔してるな。」
やはり神だからなのか。しかし、決していい気分ではない。
「貴方に何がわかるというのだ?」
「なあ…俺を食ってみる気はねえか?」
驚いた、これぞまさに神といったところか。やはり神の考えることはわからない。
「手に入るぞ、力が!」
「戯言を…」
「俺はな、別にふざけて言ってるわけじゃねえ。それにお前に食われたくらいで俺は死なない。」
「ほう?それは面白いことだな。」
「俺はな、お前みたいな奴を待ってたんだ。神は生まれながらにそれぞれの役割を持っている。
つまり、自分の仕事が忙しくて他の奴等にかまってる余裕なんてないんだよ。
お前のような奴がここを訪れるなんてのは本当に珍しいことだ。俺はもう神にウンザリなんだよ。」
「ほう、その憂い…わからぬこともない。」
「俺の力を見せてやるよ。」
その生き物はそばにあった岩を持ち上げると、破壊するわけでも、空間移動させるわけでもなく、
存在そのものを消し去った。
「どうだ、面白いだろ?」
「ああ…面白い!」
そう言うのと同時に、彼は神を食した。目を閉じる。体の感覚を確認し、ゆっくりと目を開けた。
「フ…フハハハ!」
「どうだ、俺を食った感想は?」
「…!?」
頭の中に神の声が響いた。食われても死なないとはこのことか。だが、まあいい。
力を手に入れた彼がやることは一つ。その前に少しばかり余興を楽しむことにしよう。
強大な闇が、素早くその場を飛び去った。
昔のことはもう忘れた。様々な事件の裏で動いていたかもしれないし、
全く興味を持たなかったかもしれない。それらは現在にある程度の影響を与えることはあれど、
決して世界の運命を変えるような規模ではなかった。彼は今までの歴史に退屈していたのだ。
ならば自らの手でこの世界をどうにかしてやろう、と、彼は数百年前に腰を上げた。
そのときの手下どもの不甲斐なさといえば、まさに塵のようなものだった。
数は多いが、自らの意思を持たぬがごとく、敵が手を振ればそれについて行く。
つまりは初めから無いに等しい軍勢で、次々と死んでいった。
仮初の勇者による殲滅、仲間同士の裏切り…あまりに無様な者たちは彼自身が殺した。
彼は忠実な下部の存在がときとしていかに利用できるものかということを理解していた。
絶対的な王のもと、完全なる統制のとれた軍隊は、たとえ人間といえども思わぬ力を発揮する。
彼には自らの目的を果たすため、忠実な下部が必要だった。
彼がスーナイを手に入れたのは、今から約百年前のことである。彼は人間の一家を襲った。
その家を選んだ理由は特になかったが、とにかく腹が減っていたのだ。そしてスーナイを見つけた。
見るからに幸せな家族の中にありながら、どこかに影を落としている。そういった者は扱いやすい。
少し非日常的な環境を与えてやれば、すぐに喜んでついてくることだろう。
どうやら彼の選択は正解だったようだ。スーナイは予想以上にいい働きをしてくれている。
計画は一気に加速していった。このままいけば、あと百年と経たぬうちに…
彼の目的、それは太古の昔、神々によって滅ぼされた千年王妃を復活させ、
自らの妻とすることだった。そして、ゆくゆくはその千年王妃をも手にかけ、世界を支配するのだ。
自らの思うままに争いを起こし、種を根絶やし、世界を恐怖で染め上げてやる。
そして、神狩りの時代がおとずれる。考えただけでも実に愉快だった。
彼が神狩りを計画するのには理由がある。彼は今までの長い人生の中で、
何度か死に直面したことがあった。一つは魔狼の血を濃く受け継いだ獣人の一族と闘った時。
一つは聖カトリック教会護衛騎士団100万騎と闘ったとき。
しかし、そのいずれの場合も彼はことごとく敵を滅ぼしてきた。ところが、かつて1度だけ、
いつまでも痛み続ける傷を負わされ、さらに止めを刺すこともできなかったものが存在した。
魔神バッフェンドートー=ゼルデラヌス。奴と会ったのは…
そう、以前にも私は奴の手によってこれと同じような目にあった。
魔法使いが召喚した巨大な門に吸い込まれ、この空間へと投げ出されたとき、奴の気を感じた。
この怨みが消えることはない…体の痛みも数年前にようやく消えたばかりなのだ。
次見えるときは圧倒的な力の差を思い知らせてやると誓った。それなのに現状は、
全ての部下を失い、魔狼の力になす術もなく、身動きのできぬまま再びこの地に飛ばされている。
幸いなことに、魔狼の爪はここへ飛ばされる途中で抜け落ちたようだ。
「お、見ない顔だな。」
見たこともない形状の生き物がそこにいた。とても強そうには…それどころか今にも倒れそうだ。
しかし、彼は私にその接近を一切気付かせることはなかった。
「貴方は何者だ?」
「ふん、こう見えても一応神だからな。低級ではあるが。」
なるほど、便利な言葉だ。確かに神という一言でどうとでも納得がいく。
しかしその神がわざわざ自分に声をかけてきたということは、やはり…
「その神が私に何の用だ?」
「お前、世界を我がものにって顔してるな。」
やはり神だからなのか。しかし、決していい気分ではない。
「貴方に何がわかるというのだ?」
「なあ…俺を食ってみる気はねえか?」
驚いた、これぞまさに神といったところか。やはり神の考えることはわからない。
「手に入るぞ、力が!」
「戯言を…」
「俺はな、別にふざけて言ってるわけじゃねえ。それにお前に食われたくらいで俺は死なない。」
「ほう?それは面白いことだな。」
「俺はな、お前みたいな奴を待ってたんだ。神は生まれながらにそれぞれの役割を持っている。
つまり、自分の仕事が忙しくて他の奴等にかまってる余裕なんてないんだよ。
お前のような奴がここを訪れるなんてのは本当に珍しいことだ。俺はもう神にウンザリなんだよ。」
「ほう、その憂い…わからぬこともない。」
「俺の力を見せてやるよ。」
その生き物はそばにあった岩を持ち上げると、破壊するわけでも、空間移動させるわけでもなく、
存在そのものを消し去った。
「どうだ、面白いだろ?」
「ああ…面白い!」
そう言うのと同時に、彼は神を食した。目を閉じる。体の感覚を確認し、ゆっくりと目を開けた。
「フ…フハハハ!」
「どうだ、俺を食った感想は?」
「…!?」
頭の中に神の声が響いた。食われても死なないとはこのことか。だが、まあいい。
力を手に入れた彼がやることは一つ。その前に少しばかり余興を楽しむことにしよう。
強大な闇が、素早くその場を飛び去った。
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ファントム・アポカリプス エピソード:センガ
満月が笑っている。その部屋は驚くほど静かで、しかし、何かがそこにいた、
そんな残像を記録するそのまさに一瞬を表現したかのように、酷く荒れ果てていた。
さて、その部屋の天井付近で何者かが息をひそめ、辺りの様子をうかがっている。
そこへ1人の男がやってきた。彼は敵ではない。しかし、味方とも限らない。
「どこ見てんの?こっちこっち。」
天井から飛び降りると、やはり彼は銃を構えた。
「おいおい、言っとくけど、俺は奴等の仲間じゃないから。」
「そうか、じゃあお前はなんでここにいるんだ?」
「なんでもいいじゃん。倒すんでしょ、アリシュナ。」
「…ああ、そうだな。」
「へぇ、ものわかりいいね。俺の名はセンガ。君は?」
わかっている、彼の名はモビリンだ。
「モビリンだ。」
「ああ…それにしても、静かな城だね。もう誰もいなくなったみたいだ。」
センガとモビリンは城の最上階へと続く階段を駆け上っていく。
「この扉の向こうに奴がいる…センガ、行くぞ!」
「オッケー。」
さて、モビリンの腕前を見たことがなかったセンガ、ここは少し様子を見てみたいところではあった。
だがまあ今回は敵が敵なだけにそれは諦めることにし、協力して扉を突き破る。
今まで飽きるほど見てきたその銀髪。センガは静かに殺意を集中させる。
「見つけたぜ!アリシュナアアアアア!」
「何を熱くなっている?おかしな奴等だ。」
「おい、そんなに熱くなるなって、奴のことはよく知ってるだろ?簡単に勝てる相手じゃない。」
「…そうだな。」
「ここはチームプレーといこうよ。俺が至近距離で奴を引き付ける、好きなだけ撃ち込んでやりな。」
ようやくこのときが来たのだ。一番おいしいところをモビリンに取られるのは面白くない。
止めの一撃はこの手で直接叩き込んでやる。どうやらモビリンも援護に徹してくれているようだ。
もしかすると、彼はアリシュナにはそれほど恨みがあったわけではないのかもしれない。
ならば好都合、この獲物はいただいた。それに、どうやら今まで戦ったことがなかったせいで、
過度に心配していたらしい。動きが隙だらけだ。センガはアリシュナの体に傷を刻み込んでいく。
しかし趣味の悪い部屋だ。部屋の四方に奇妙な形をした甲冑が身構えている。
センガにもそんなことを気にするような余裕が出てきた瞬間、アリシュナが笑う。
「まずは1人ッ!」
「ッ…しまっ…」
四方の甲冑が一斉に突進してきた。センガは高く跳び上がってそれをかわす。
なるほど、さすがにこの程度は準備しているのか。モビリンが避け切れず剣に突き刺された。
「センガ、頼む…仇を…」
「ああ、まかしときな。」
危ないところだった。彼との間にあと少しでも友情のようなものが芽生えていたら、
状況は一変していたに違いない。それも、極めて不利な方へと。跳び上がったセンガの目に前に、
アリシュナの牙が迫る。なるほど、確かに空中では分が悪い。アリシュナの襟を掴み、
下に回り込むと同時にアリシュナを蹴り上げ、自分は地面へと降りる。このときセンガは気付いた。
アリシュナの傷が回復している。やはり言い伝えは本当だったようだ。
「気付いたようだな。そう、君では私に傷を与えることすらできない。」
「…お前に傷を与えられるのは、狼の血を引く魔人のみ。」
アリシュナの表情が変わった。
「この格好、結構気に入ってたんだけど。まあ仕方ないか…」
センガの筋肉が波打つ。服がはじけとび、漆黒の毛皮が姿を現した。
「どうだ、吸血貴公子殿。死が迫っているぞ?」
「貴様ァ…」
アリシュナの背を蹴り、地面に叩きつけた。そのまま顔の上へと着地する。
牙の折れる感触が伝わってきた。すぐに頭を掴み、上空へ放り投げる。
片方の腕で腹を貫き、もう片方で足を引き千切った。両足を同時に引き千切ったため、
骨盤が一緒に抜け出し、アリシュナは内蔵を撒き散らす。センガの顔に帰り血が飛び散った。
「ああああああ!!」
アリシュナの体は無数のコウモリへと姿を変えて飛び散り、上空で再結合した。
「黒く、汚い…なんと醜き体よ。醜きものを、私は許さない!」
アリシュナの姿が消えると同時に彼は後ろに立っていた。腹をやられた。
さすがに一筋縄とはいかないようだ。センガは空中を駆け上がり、アリシュナの足を掴む。
そのまま地面へと叩きつけ、天井に吊られている巨大なシャンデリアを投げ下ろした。
アリシュナの体は潰れると同時に血液と化し、針状になってセンガの体を貫いた。
「ウォオオオオオオオオオオオオ!!」
センガの雄叫びと共に血液はその形状を保てなくなり、徐々に沸騰し始める。
血液は素早くセンガのもとを飛び去り、再びアリシュナが姿を現した。
センガは自らの爪をへし折ると、アリシュナの体めがけて投げつけた。
爪がアリシュナの体ごと壁に突き刺さる。
「ゴフ…」
「これが正解か…長かったが、これで終わりだな。」
そのとき、センガの体を激痛が襲った。
「う゛…ぉお!」
「…!貴様…あの魔法使いだったか!!」
「さすがに変身のタイミングが早すぎたようね…あたしはルイ・ザ・ウィザード、お前を殺す者よ!」
「フハハハハ、だがどうやって?その術を貴様は今、失ったのだよ。」
「ええ、そうみたいね…待ってなさい。いつかお前を殺してあげるわ。」
ルイは詠唱を始めた。アリシュナは動くことができない。詠唱が続く。
「とりあえずさようなら。また会いましょう…そのときがお前の最後だ。ルナティック・ゲイト!!」
アリシュナの前に巨大な門が出現した。扉が開くと同時にアリシュナの体が吸い込まれる。
やがて扉は閉じ、徐々に消えていった。
「フゥ、失敗か…魔狼の力もなくなっちゃったし。とりあえずモビリンを蘇らせてあげなくちゃね…」
ルイはモビリンを担ぎ上げる。あと少しだった。あと少しで自由を手に入れることが出来たのだ。
だが、まだ終わってもいない。彼の次なる目的は決まっていた。魔狼を失った今、
アリシュナの抹殺は、もはや神々の力をもってしか期待できない。
彼の次なる目的地、それは神々の国、日本である。
満月が笑っている。その部屋は驚くほど静かで、しかし、何かがそこにいた、
そんな残像を記録するそのまさに一瞬を表現したかのように、酷く荒れ果てていた。
さて、その部屋の天井付近で何者かが息をひそめ、辺りの様子をうかがっている。
そこへ1人の男がやってきた。彼は敵ではない。しかし、味方とも限らない。
「どこ見てんの?こっちこっち。」
天井から飛び降りると、やはり彼は銃を構えた。
「おいおい、言っとくけど、俺は奴等の仲間じゃないから。」
「そうか、じゃあお前はなんでここにいるんだ?」
「なんでもいいじゃん。倒すんでしょ、アリシュナ。」
「…ああ、そうだな。」
「へぇ、ものわかりいいね。俺の名はセンガ。君は?」
わかっている、彼の名はモビリンだ。
「モビリンだ。」
「ああ…それにしても、静かな城だね。もう誰もいなくなったみたいだ。」
センガとモビリンは城の最上階へと続く階段を駆け上っていく。
「この扉の向こうに奴がいる…センガ、行くぞ!」
「オッケー。」
さて、モビリンの腕前を見たことがなかったセンガ、ここは少し様子を見てみたいところではあった。
だがまあ今回は敵が敵なだけにそれは諦めることにし、協力して扉を突き破る。
今まで飽きるほど見てきたその銀髪。センガは静かに殺意を集中させる。
「見つけたぜ!アリシュナアアアアア!」
「何を熱くなっている?おかしな奴等だ。」
「おい、そんなに熱くなるなって、奴のことはよく知ってるだろ?簡単に勝てる相手じゃない。」
「…そうだな。」
「ここはチームプレーといこうよ。俺が至近距離で奴を引き付ける、好きなだけ撃ち込んでやりな。」
ようやくこのときが来たのだ。一番おいしいところをモビリンに取られるのは面白くない。
止めの一撃はこの手で直接叩き込んでやる。どうやらモビリンも援護に徹してくれているようだ。
もしかすると、彼はアリシュナにはそれほど恨みがあったわけではないのかもしれない。
ならば好都合、この獲物はいただいた。それに、どうやら今まで戦ったことがなかったせいで、
過度に心配していたらしい。動きが隙だらけだ。センガはアリシュナの体に傷を刻み込んでいく。
しかし趣味の悪い部屋だ。部屋の四方に奇妙な形をした甲冑が身構えている。
センガにもそんなことを気にするような余裕が出てきた瞬間、アリシュナが笑う。
「まずは1人ッ!」
「ッ…しまっ…」
四方の甲冑が一斉に突進してきた。センガは高く跳び上がってそれをかわす。
なるほど、さすがにこの程度は準備しているのか。モビリンが避け切れず剣に突き刺された。
「センガ、頼む…仇を…」
「ああ、まかしときな。」
危ないところだった。彼との間にあと少しでも友情のようなものが芽生えていたら、
状況は一変していたに違いない。それも、極めて不利な方へと。跳び上がったセンガの目に前に、
アリシュナの牙が迫る。なるほど、確かに空中では分が悪い。アリシュナの襟を掴み、
下に回り込むと同時にアリシュナを蹴り上げ、自分は地面へと降りる。このときセンガは気付いた。
アリシュナの傷が回復している。やはり言い伝えは本当だったようだ。
「気付いたようだな。そう、君では私に傷を与えることすらできない。」
「…お前に傷を与えられるのは、狼の血を引く魔人のみ。」
アリシュナの表情が変わった。
「この格好、結構気に入ってたんだけど。まあ仕方ないか…」
センガの筋肉が波打つ。服がはじけとび、漆黒の毛皮が姿を現した。
「どうだ、吸血貴公子殿。死が迫っているぞ?」
「貴様ァ…」
アリシュナの背を蹴り、地面に叩きつけた。そのまま顔の上へと着地する。
牙の折れる感触が伝わってきた。すぐに頭を掴み、上空へ放り投げる。
片方の腕で腹を貫き、もう片方で足を引き千切った。両足を同時に引き千切ったため、
骨盤が一緒に抜け出し、アリシュナは内蔵を撒き散らす。センガの顔に帰り血が飛び散った。
「ああああああ!!」
アリシュナの体は無数のコウモリへと姿を変えて飛び散り、上空で再結合した。
「黒く、汚い…なんと醜き体よ。醜きものを、私は許さない!」
アリシュナの姿が消えると同時に彼は後ろに立っていた。腹をやられた。
さすがに一筋縄とはいかないようだ。センガは空中を駆け上がり、アリシュナの足を掴む。
そのまま地面へと叩きつけ、天井に吊られている巨大なシャンデリアを投げ下ろした。
アリシュナの体は潰れると同時に血液と化し、針状になってセンガの体を貫いた。
「ウォオオオオオオオオオオオオ!!」
センガの雄叫びと共に血液はその形状を保てなくなり、徐々に沸騰し始める。
血液は素早くセンガのもとを飛び去り、再びアリシュナが姿を現した。
センガは自らの爪をへし折ると、アリシュナの体めがけて投げつけた。
爪がアリシュナの体ごと壁に突き刺さる。
「ゴフ…」
「これが正解か…長かったが、これで終わりだな。」
そのとき、センガの体を激痛が襲った。
「う゛…ぉお!」
「…!貴様…あの魔法使いだったか!!」
「さすがに変身のタイミングが早すぎたようね…あたしはルイ・ザ・ウィザード、お前を殺す者よ!」
「フハハハハ、だがどうやって?その術を貴様は今、失ったのだよ。」
「ええ、そうみたいね…待ってなさい。いつかお前を殺してあげるわ。」
ルイは詠唱を始めた。アリシュナは動くことができない。詠唱が続く。
「とりあえずさようなら。また会いましょう…そのときがお前の最後だ。ルナティック・ゲイト!!」
アリシュナの前に巨大な門が出現した。扉が開くと同時にアリシュナの体が吸い込まれる。
やがて扉は閉じ、徐々に消えていった。
「フゥ、失敗か…魔狼の力もなくなっちゃったし。とりあえずモビリンを蘇らせてあげなくちゃね…」
ルイはモビリンを担ぎ上げる。あと少しだった。あと少しで自由を手に入れることが出来たのだ。
だが、まだ終わってもいない。彼の次なる目的は決まっていた。魔狼を失った今、
アリシュナの抹殺は、もはや神々の力をもってしか期待できない。
彼の次なる目的地、それは神々の国、日本である。
ファントム・アポカリプス エピソード:シモン=パップス
コッドロッド一族、それはこの世に知らぬものはないとされる流浪の旅団。
ある者は彼らをアカシックレコードの精霊と呼ぶ。ジーグレイ=コッドロッドもその一員である。
彼はこの一族に生まれたことを誇りに思っていた。大昔から現在に至るまで、その全ての記録を、
彼は生まれながらに所持していた。まるで世界を理解したかのような感覚。
それに、コッドロッド一族の者は皆優しい。ときに喧嘩をすることもあったが、
日々行動を共にし、皆が強い絆で団結していた。
その日もジーグは普通に目を覚ました…はずだった。
「おはよ~う、シモン=パップス。」
「よく眠れたようだな。」
「シモン?…なんだ、君達は?」
「何って、お前に決まってんだろ!」
「決まってんだろ!…アハハハハハ!!」
「ほら見て…あなた、死んじゃったのよ。殺したのはア・イ・ツ。」
「なんだって!?」
「ジーグとしてのお前は死んだ、今のお前はシモン=パップスだ。」
「あと、早く気付けって。お前、ちゃんと声出てないぜ?」
彼は自分がただ叫び声を上げ続けていることに気付いた。
「のど、潰れちゃったんだね。かわいそ~う。」
「つーか、お前の人生、もう終わりだな…せめてアイツぐらい殺っとく?」
「あ…あ…!!」
シモンはスーナイに掴みかかった。左目をえぐり、体を掴んだままあちこちに叩きつけた。
このまま頭を殴り割ってやろうと腕を振り上げた瞬間、全身に激痛が走り、彼はその場に倒れた。
「う~ん、やっぱ早かったみたいだね。」
「ただでさえ死んでるってのに、蘇ったとたんに暴れ過ぎだぜ。」
「うるさい…返せよ。僕の体を…僕の仲間を!!」
「だから、お前死んでんだろ!気付けよ、みんな死んでんだよ。」
「ああ、本当に可哀想な子…」
「う、嘘だ…嘘だぁああああ!!」
「君、いちいちうるさいな。ちょっと意識飛ばしてもいいかな?」
「おっけ~い。じゃあね~…」
シモンが次に目を覚ましたのは、牢屋らしき場所の中だった。
「お、目が覚めたみてーだぜ。」
「シモンちゃん、ほら、見てごらん。お前を殺そうとしてる奴がいるよ。」
巨大な羽を生やした大蛇がこちらを睨んでいる。
「殺らなきゃ殺られるってやつだね。」
「嫌だ…僕はまだ死にたくない!!」
「だ~か~ら~…まいっか。じゃあ頑張ろうよ、ね?」
「君の力、見せてもらおうじゃないか。」
「ちょっとだけなら力貸すよー。」
シモンは大蛇の羽をへし折り、胴を千切って腸を撒き散らした。
「へぇ…あなた、なかなかやるわね。」
「助かった…でもなんで?僕にこんな力は…」
「いろいろ弄られちゃったのね、きっと。」
「おっと、次の敵がお出ましだぜ。」
「!?さっきまでそこには何も…」
「そんなこと言ってる場合じゃなくね?」
こうして来る日も来る日も彼は闘い続けた。彼らは日を重ねるごとに少しずつ増えていった。
ネイ、クレル、ソーキッド、シュルキ、レムリント、クレザリウス、ヘン、トルトー、エルトレア、
ファンゴ・ズーウー、クリッチ・レム、ミュヒン、ヴァリレイ、マ・モ、エピー、ラゴギ・サン…
彼らは名前を教えてくれた。また、終わりの見えない魔物との闘いにおいても力を貸してくれた。
襲い来る敵も尽きることはない。一角の馬、犬の頭を生やした女、3つの頭をもつ犬…
死闘を繰り返すうち、彼は気付いた。これらは全てが幻であり、それを作り出しているのは、
まぎれもなく彼らだった。しかし、どうすることもできない。魔物の攻撃を受けると、
脳は実際に痛みを感じている。闘いを放棄すれば、待っているのは死だ。
ある日、彼の死闘はまだ続いていた。体が軽い。初めは現れる度に恐怖していた魔物達も、
今では鍛練の道具程度にしか感じなくなっていた。いつものように竜の首を落とした。
そのときだった。突然牢屋の扉が開く。
「…君達は…なんて趣味が悪いんだ…」
「アハハハハハハ!!」
そこに立っていたのは、自分と同じ種族である1人のゴブリンだった。こんなものまで使って、
彼らは一体自分に何をさせようというのか。
「ほ~ら、次のターゲットはアイツだ。」
「早くやっちまえ。この程度の敵、どうってことねーだろ?」
「…クッ!」
シモンはゴブリンの首を掴んだ。大丈夫、これは彼らが作り出した幻なのだ。
「アッハハハハハハ!!」
「何がおかしいんだ!?」
「ぐ…ジーグ、兄さん…」
モビリン…間違いない。生きていたのか…ああ、これは幻なんかじゃない。
待て…自分は今、彼に何をしようとしていた…?
「うん。殺そうとしてたよね。」
「まあ!やらせたのは!俺たちだけど!?」
「アッハッハハッハハハッハアハハアア!!」
シモンはもはや限界だった。そうだ、モビリンにこの苦しみから解き放ってもらおう。
さあ、モビリン。僕のここを撃ち抜くんだ…潰れた喉で汚い叫び声を上げるのはもうやめた。
シモンは無言のまま、自らの胸を指差した。
「そんな…嫌だ!」
「嫌だ!…だってよー。」
「兄さん、お願いだ!話を聞いてくれ!」
「ダメダメ、もうシモンは手遅れなのー。」
「頼むよ…まだやり直せるはずだ!」
「おーい少年、さっさと撃ってやりなよーぅ。」
「クッ…」
「アハハッヒィイイー、アハハハ…」
「さらば…その無念は、アリシュナの死をもって晴らそう。」
「お?撃っちゃうのか?」
「来るぞ来るぞ~!」
シモンの体に銃弾が撃ち込まれる。彼の体の中で鐘の音が鳴り響いた。
「うひょ~撃ちやがった~!!グギャ」
「本当に撃っちまうとは…グ…」
「あ…なかなか、面白かった…わ…ぅあ」
「それが君の望んだ最期だというのであれば。…ぐぅお!」
「アッハハハハハハハハハハあああああああああああああああああああ」
彼らは次々と死んでいった。なんと清々しい気分なのだろうか。
これでようやく、この苦しみから解放されることができる…
ありがとうモビリン、君はいつまでも、僕の親友だ。
コッドロッド一族、それはこの世に知らぬものはないとされる流浪の旅団。
ある者は彼らをアカシックレコードの精霊と呼ぶ。ジーグレイ=コッドロッドもその一員である。
彼はこの一族に生まれたことを誇りに思っていた。大昔から現在に至るまで、その全ての記録を、
彼は生まれながらに所持していた。まるで世界を理解したかのような感覚。
それに、コッドロッド一族の者は皆優しい。ときに喧嘩をすることもあったが、
日々行動を共にし、皆が強い絆で団結していた。
その日もジーグは普通に目を覚ました…はずだった。
「おはよ~う、シモン=パップス。」
「よく眠れたようだな。」
「シモン?…なんだ、君達は?」
「何って、お前に決まってんだろ!」
「決まってんだろ!…アハハハハハ!!」
「ほら見て…あなた、死んじゃったのよ。殺したのはア・イ・ツ。」
「なんだって!?」
「ジーグとしてのお前は死んだ、今のお前はシモン=パップスだ。」
「あと、早く気付けって。お前、ちゃんと声出てないぜ?」
彼は自分がただ叫び声を上げ続けていることに気付いた。
「のど、潰れちゃったんだね。かわいそ~う。」
「つーか、お前の人生、もう終わりだな…せめてアイツぐらい殺っとく?」
「あ…あ…!!」
シモンはスーナイに掴みかかった。左目をえぐり、体を掴んだままあちこちに叩きつけた。
このまま頭を殴り割ってやろうと腕を振り上げた瞬間、全身に激痛が走り、彼はその場に倒れた。
「う~ん、やっぱ早かったみたいだね。」
「ただでさえ死んでるってのに、蘇ったとたんに暴れ過ぎだぜ。」
「うるさい…返せよ。僕の体を…僕の仲間を!!」
「だから、お前死んでんだろ!気付けよ、みんな死んでんだよ。」
「ああ、本当に可哀想な子…」
「う、嘘だ…嘘だぁああああ!!」
「君、いちいちうるさいな。ちょっと意識飛ばしてもいいかな?」
「おっけ~い。じゃあね~…」
シモンが次に目を覚ましたのは、牢屋らしき場所の中だった。
「お、目が覚めたみてーだぜ。」
「シモンちゃん、ほら、見てごらん。お前を殺そうとしてる奴がいるよ。」
巨大な羽を生やした大蛇がこちらを睨んでいる。
「殺らなきゃ殺られるってやつだね。」
「嫌だ…僕はまだ死にたくない!!」
「だ~か~ら~…まいっか。じゃあ頑張ろうよ、ね?」
「君の力、見せてもらおうじゃないか。」
「ちょっとだけなら力貸すよー。」
シモンは大蛇の羽をへし折り、胴を千切って腸を撒き散らした。
「へぇ…あなた、なかなかやるわね。」
「助かった…でもなんで?僕にこんな力は…」
「いろいろ弄られちゃったのね、きっと。」
「おっと、次の敵がお出ましだぜ。」
「!?さっきまでそこには何も…」
「そんなこと言ってる場合じゃなくね?」
こうして来る日も来る日も彼は闘い続けた。彼らは日を重ねるごとに少しずつ増えていった。
ネイ、クレル、ソーキッド、シュルキ、レムリント、クレザリウス、ヘン、トルトー、エルトレア、
ファンゴ・ズーウー、クリッチ・レム、ミュヒン、ヴァリレイ、マ・モ、エピー、ラゴギ・サン…
彼らは名前を教えてくれた。また、終わりの見えない魔物との闘いにおいても力を貸してくれた。
襲い来る敵も尽きることはない。一角の馬、犬の頭を生やした女、3つの頭をもつ犬…
死闘を繰り返すうち、彼は気付いた。これらは全てが幻であり、それを作り出しているのは、
まぎれもなく彼らだった。しかし、どうすることもできない。魔物の攻撃を受けると、
脳は実際に痛みを感じている。闘いを放棄すれば、待っているのは死だ。
ある日、彼の死闘はまだ続いていた。体が軽い。初めは現れる度に恐怖していた魔物達も、
今では鍛練の道具程度にしか感じなくなっていた。いつものように竜の首を落とした。
そのときだった。突然牢屋の扉が開く。
「…君達は…なんて趣味が悪いんだ…」
「アハハハハハハ!!」
そこに立っていたのは、自分と同じ種族である1人のゴブリンだった。こんなものまで使って、
彼らは一体自分に何をさせようというのか。
「ほ~ら、次のターゲットはアイツだ。」
「早くやっちまえ。この程度の敵、どうってことねーだろ?」
「…クッ!」
シモンはゴブリンの首を掴んだ。大丈夫、これは彼らが作り出した幻なのだ。
「アッハハハハハハ!!」
「何がおかしいんだ!?」
「ぐ…ジーグ、兄さん…」
モビリン…間違いない。生きていたのか…ああ、これは幻なんかじゃない。
待て…自分は今、彼に何をしようとしていた…?
「うん。殺そうとしてたよね。」
「まあ!やらせたのは!俺たちだけど!?」
「アッハッハハッハハハッハアハハアア!!」
シモンはもはや限界だった。そうだ、モビリンにこの苦しみから解き放ってもらおう。
さあ、モビリン。僕のここを撃ち抜くんだ…潰れた喉で汚い叫び声を上げるのはもうやめた。
シモンは無言のまま、自らの胸を指差した。
「そんな…嫌だ!」
「嫌だ!…だってよー。」
「兄さん、お願いだ!話を聞いてくれ!」
「ダメダメ、もうシモンは手遅れなのー。」
「頼むよ…まだやり直せるはずだ!」
「おーい少年、さっさと撃ってやりなよーぅ。」
「クッ…」
「アハハッヒィイイー、アハハハ…」
「さらば…その無念は、アリシュナの死をもって晴らそう。」
「お?撃っちゃうのか?」
「来るぞ来るぞ~!」
シモンの体に銃弾が撃ち込まれる。彼の体の中で鐘の音が鳴り響いた。
「うひょ~撃ちやがった~!!グギャ」
「本当に撃っちまうとは…グ…」
「あ…なかなか、面白かった…わ…ぅあ」
「それが君の望んだ最期だというのであれば。…ぐぅお!」
「アッハハハハハハハハハハあああああああああああああああああああ」
彼らは次々と死んでいった。なんと清々しい気分なのだろうか。
これでようやく、この苦しみから解放されることができる…
ありがとうモビリン、君はいつまでも、僕の親友だ。
ファントム・アポカリプス エピソード:モビリン=コッドロッド
無限の情報を取り扱うゴブリンの一族がいた。遺伝によって情報を蓄積し、
常に世界を歩き続ける流浪の旅団、コッドロッド一族。モビリンは数年前、
この一族と他種のゴブリンとの間に生まれた混血の少年だった。
彼には腹違いの兄がいた。同じくコッドロッド一族に属し、名をジーグレイ=コッドロッドという。
遺伝による情報伝達の効率を上げるため、滅多に子孫を増やすことのないこの一族の中で、
ジーグはモビリンの唯一の遊び相手だった。彼が全てを失うことになるその日までは。
その日は突然訪れた。彼は仲間の叫び声で目を覚ます。目の前に何かが転がっている。
それは父親の死体だった。モビリンはあまりの衝撃に泣き叫ぶことすらできない。
そのとき視界に入った1人の男の姿を見て、彼は理解した。これは吸血鬼アリシュナの仕業だ。
その男は頭からコウモリの羽を生やしていた。間違いなくアリシュナが作り出したキメラだ。
そして今、その男が自分のもとへと歩いてくる。彼は自らの死を感じ、その恐怖に気絶してしまった。
やがて彼は、惨劇の舞台から少し離れた森の中で目を覚ました。何が起こったのか?
ふらつく足で再び一族のもとへ辿り着いたモビリンは、1人ずつその生死を確かめていった。
彼のわずかな希望もむなしく、皆死んでいた。しかし、モビリンは泣かなかった。
今の彼を支配していたのは、仲間を失った悲しみではなく、アリシュナへの激しい怨念だった。
ふと気付く、ジーグの姿がない。彼だけは運よく逃げ延び、助かったのだろうか?
この日から彼の目的は、兄との再会と、憎き魔物達への復讐となった。
それから十数年、彼は旅を続け、自らの戦力となってくれる者を探した。
奴等の居場所は分かっている。すでに兄がそこにいることも分かっていた。
だが、怨念に身を任せ、やみくもに独りで乗り込んだところで、
待っているのは己の死と深い絶望感だけである。確実に奴等の息の根を止め、
その存在をこの世界から完全に排除する。その為の準備には何年を費やしてもいい。
そして、彼は見つけた。ついに来たるべき時が来たのだ。
話によるとその魔法使いは失われし禁術を復活させようとしているらしい。
禁術に関する言い伝えは未だ各地に数多く残っているが、全ての地方で削除された項目がある。
モビリンは知っていた。それはその禁術を完成させるために必要となる最後の材料、
魔狼の心臓である。彼にこれを持っていけば、力を貸してくれるに違いない。
モビリンは永久に溶けることのない氷に覆われた「生無きの山」へと登っていく。
魔狼はそこにいた。どんなに熱されようとも、また毒され、少々の傷をつけられようとも、
決して止まることなく動き続ける魔狼の心臓。魔狼を倒すにはその心臓を抜き取るしかない。
しかし、方法は分かっている。モビリンは一角獣の角で作られたナイフを取り出すと、
魔狼の唯一の弱点である右目に突き刺した。うずくまる魔狼に斧を振り下ろし、首を切断する。
彼はそのまま切り口から腕を押し入れ、心臓を取り出した。魔狼の動きは完全に停止した。
これを魔法使いに渡せば…こうして彼の準備は全て整ったのだ。
復讐にふさわしい奇麗な満月の夜、モビリン、ルイ、ハイチの3人は、
アリシュナの居城へと乗り込んだ。門の奥で彼らを待ち受けていたのは、
おびただしい数のコウモリの群、そこで彼は見つけた。あの日から少しも変わっていないその男。
彼は叫ばずにはいられなかった。2人を先に行かせ、まずはこの男を殺す。
しかし、男は何も知らないような顔をしている。思わず彼は叫んだ。
「コッドロッドの名…忘れたとは言わせねぇぞ!?」
その一言に男の表情が変わる。襲い来るコウモリの群。彼は慌てず、懐からナイフを取り出す。
吸血鬼等闇の眷族達に対する攻撃には、古より聖なる刻印を施した武器が使われてきた。
モビリンはそれを男に向かって投げつける。しかし、彼の目的は男を突き刺すことではない。
そのナイフは柄の部分にある安全装置を外すと、衝撃を与えてから数秒で爆発する爆弾となる。
それは聖なる攻撃であり、闇に属さないもの、特に彼のような聖なる衣をまとった者に対しては、
衝撃は皆無に等しい。モビリンは男に別れの言葉を吐き捨てると、2人とは違う部屋へ進んだ。
感じる。そこにジーグがいる。轟音が鳴り響く扉を突き破った。やはり、彼はそこにいた。
しかし、それはもはやジーグではない。彼は1度死に、シモン=パップスとして蘇った。
そしてその不完全な蘇生により、自我を失った。シモンは凄まじい力でモビリンに掴みかかる。
モビリンはわかっていた。しかし、抵抗できなかった。
「ぐ…ジーグ、兄さん…」
突然、シモンの様子が変わった。そして、彼は無言のままその場に立ち止まり、
自らの胸を指差した。
「そんな…嫌だ!」
シモンはジーグを取り戻した。そして、死を望んだのだ。モビリンがどんな言葉を叫ぼうとも、
彼の決意が変わることはなかった。やがてモビリンは銃を構えた。
「さらば…その無念は、アリシュナの死をもって晴らそう。」
彼は聖銃の引き金を引いた。
2人の跡を追い、破壊された扉まで辿り着いた。しかし、その部屋には誰もいない。
その先に進んだ形跡もない。まさか2人ともやられてしまったのかだろうか…
「どこ見てんの?こっちこっち。」
天井から何かが飛び降りてきた。黒い髪、獣のような耳、何かの獣人であることは間違いない。
奴等の仲間なのか?モビリンは銃を構えた。
「おいおい、言っとくけど、俺は奴等の仲間じゃないから。」
「そうか、じゃあお前はなんでここにいるんだ?」
「なんでもいいじゃん。倒すんでしょ、アリシュナ。」
ルイとハイチがどうなったのか気になるところだったが、今はアリシュナのもとへ急ぐべきだ。
男はセンガと名乗った。モビリンはセンガと共に城の最上階へと続く階段を駆け上っていく。
「この扉の向こうに奴がいる…センガ、行くぞ!」
「オッケー。」
2人は扉を突き破った。薄い銀色の髪に白い肌、そして裂けるほどつり上がった両目。
アリシュナがそこに立っていた。
「見つけたぜ!アリシュナアアアアア!」
「何を熱くなっている?おかしな奴等だ。」
「おい、そんなに熱くなるなって、奴のことはよく知ってるだろ?簡単に勝てる相手じゃない。」
「…そうだな。」
「ここはチームプレーといこうよ。俺が至近距離で奴を引き付ける、好きなだけ撃ち込んでやりな。」
センガは言い終わると同時にアリシュナに向かって走り出した。モビリンは銃を構える。
アリシュナの衝撃波を避けつつ確実に撃ち込む、センガは隙を見つけては攻撃を繰り返す。
このままいけばあの憎きアリシュナを倒すことができる。そう思った瞬間、アリシュナが笑った。
「まずは1人ッ!」
「ッ…しまっ…」
モビリンの体を甲冑の剣が突き刺していた。
「センガ、頼む…仇を…」
モビリンは力尽きた。彼の復讐は失敗に終わった。彼は深き眠りにつく。その眠りは…
無限の情報を取り扱うゴブリンの一族がいた。遺伝によって情報を蓄積し、
常に世界を歩き続ける流浪の旅団、コッドロッド一族。モビリンは数年前、
この一族と他種のゴブリンとの間に生まれた混血の少年だった。
彼には腹違いの兄がいた。同じくコッドロッド一族に属し、名をジーグレイ=コッドロッドという。
遺伝による情報伝達の効率を上げるため、滅多に子孫を増やすことのないこの一族の中で、
ジーグはモビリンの唯一の遊び相手だった。彼が全てを失うことになるその日までは。
その日は突然訪れた。彼は仲間の叫び声で目を覚ます。目の前に何かが転がっている。
それは父親の死体だった。モビリンはあまりの衝撃に泣き叫ぶことすらできない。
そのとき視界に入った1人の男の姿を見て、彼は理解した。これは吸血鬼アリシュナの仕業だ。
その男は頭からコウモリの羽を生やしていた。間違いなくアリシュナが作り出したキメラだ。
そして今、その男が自分のもとへと歩いてくる。彼は自らの死を感じ、その恐怖に気絶してしまった。
やがて彼は、惨劇の舞台から少し離れた森の中で目を覚ました。何が起こったのか?
ふらつく足で再び一族のもとへ辿り着いたモビリンは、1人ずつその生死を確かめていった。
彼のわずかな希望もむなしく、皆死んでいた。しかし、モビリンは泣かなかった。
今の彼を支配していたのは、仲間を失った悲しみではなく、アリシュナへの激しい怨念だった。
ふと気付く、ジーグの姿がない。彼だけは運よく逃げ延び、助かったのだろうか?
この日から彼の目的は、兄との再会と、憎き魔物達への復讐となった。
それから十数年、彼は旅を続け、自らの戦力となってくれる者を探した。
奴等の居場所は分かっている。すでに兄がそこにいることも分かっていた。
だが、怨念に身を任せ、やみくもに独りで乗り込んだところで、
待っているのは己の死と深い絶望感だけである。確実に奴等の息の根を止め、
その存在をこの世界から完全に排除する。その為の準備には何年を費やしてもいい。
そして、彼は見つけた。ついに来たるべき時が来たのだ。
話によるとその魔法使いは失われし禁術を復活させようとしているらしい。
禁術に関する言い伝えは未だ各地に数多く残っているが、全ての地方で削除された項目がある。
モビリンは知っていた。それはその禁術を完成させるために必要となる最後の材料、
魔狼の心臓である。彼にこれを持っていけば、力を貸してくれるに違いない。
モビリンは永久に溶けることのない氷に覆われた「生無きの山」へと登っていく。
魔狼はそこにいた。どんなに熱されようとも、また毒され、少々の傷をつけられようとも、
決して止まることなく動き続ける魔狼の心臓。魔狼を倒すにはその心臓を抜き取るしかない。
しかし、方法は分かっている。モビリンは一角獣の角で作られたナイフを取り出すと、
魔狼の唯一の弱点である右目に突き刺した。うずくまる魔狼に斧を振り下ろし、首を切断する。
彼はそのまま切り口から腕を押し入れ、心臓を取り出した。魔狼の動きは完全に停止した。
これを魔法使いに渡せば…こうして彼の準備は全て整ったのだ。
復讐にふさわしい奇麗な満月の夜、モビリン、ルイ、ハイチの3人は、
アリシュナの居城へと乗り込んだ。門の奥で彼らを待ち受けていたのは、
おびただしい数のコウモリの群、そこで彼は見つけた。あの日から少しも変わっていないその男。
彼は叫ばずにはいられなかった。2人を先に行かせ、まずはこの男を殺す。
しかし、男は何も知らないような顔をしている。思わず彼は叫んだ。
「コッドロッドの名…忘れたとは言わせねぇぞ!?」
その一言に男の表情が変わる。襲い来るコウモリの群。彼は慌てず、懐からナイフを取り出す。
吸血鬼等闇の眷族達に対する攻撃には、古より聖なる刻印を施した武器が使われてきた。
モビリンはそれを男に向かって投げつける。しかし、彼の目的は男を突き刺すことではない。
そのナイフは柄の部分にある安全装置を外すと、衝撃を与えてから数秒で爆発する爆弾となる。
それは聖なる攻撃であり、闇に属さないもの、特に彼のような聖なる衣をまとった者に対しては、
衝撃は皆無に等しい。モビリンは男に別れの言葉を吐き捨てると、2人とは違う部屋へ進んだ。
感じる。そこにジーグがいる。轟音が鳴り響く扉を突き破った。やはり、彼はそこにいた。
しかし、それはもはやジーグではない。彼は1度死に、シモン=パップスとして蘇った。
そしてその不完全な蘇生により、自我を失った。シモンは凄まじい力でモビリンに掴みかかる。
モビリンはわかっていた。しかし、抵抗できなかった。
「ぐ…ジーグ、兄さん…」
突然、シモンの様子が変わった。そして、彼は無言のままその場に立ち止まり、
自らの胸を指差した。
「そんな…嫌だ!」
シモンはジーグを取り戻した。そして、死を望んだのだ。モビリンがどんな言葉を叫ぼうとも、
彼の決意が変わることはなかった。やがてモビリンは銃を構えた。
「さらば…その無念は、アリシュナの死をもって晴らそう。」
彼は聖銃の引き金を引いた。
2人の跡を追い、破壊された扉まで辿り着いた。しかし、その部屋には誰もいない。
その先に進んだ形跡もない。まさか2人ともやられてしまったのかだろうか…
「どこ見てんの?こっちこっち。」
天井から何かが飛び降りてきた。黒い髪、獣のような耳、何かの獣人であることは間違いない。
奴等の仲間なのか?モビリンは銃を構えた。
「おいおい、言っとくけど、俺は奴等の仲間じゃないから。」
「そうか、じゃあお前はなんでここにいるんだ?」
「なんでもいいじゃん。倒すんでしょ、アリシュナ。」
ルイとハイチがどうなったのか気になるところだったが、今はアリシュナのもとへ急ぐべきだ。
男はセンガと名乗った。モビリンはセンガと共に城の最上階へと続く階段を駆け上っていく。
「この扉の向こうに奴がいる…センガ、行くぞ!」
「オッケー。」
2人は扉を突き破った。薄い銀色の髪に白い肌、そして裂けるほどつり上がった両目。
アリシュナがそこに立っていた。
「見つけたぜ!アリシュナアアアアア!」
「何を熱くなっている?おかしな奴等だ。」
「おい、そんなに熱くなるなって、奴のことはよく知ってるだろ?簡単に勝てる相手じゃない。」
「…そうだな。」
「ここはチームプレーといこうよ。俺が至近距離で奴を引き付ける、好きなだけ撃ち込んでやりな。」
センガは言い終わると同時にアリシュナに向かって走り出した。モビリンは銃を構える。
アリシュナの衝撃波を避けつつ確実に撃ち込む、センガは隙を見つけては攻撃を繰り返す。
このままいけばあの憎きアリシュナを倒すことができる。そう思った瞬間、アリシュナが笑った。
「まずは1人ッ!」
「ッ…しまっ…」
モビリンの体を甲冑の剣が突き刺していた。
「センガ、頼む…仇を…」
モビリンは力尽きた。彼の復讐は失敗に終わった。彼は深き眠りにつく。その眠りは…
ファントム・アポカリプス エピソード:スーナイ
ある家族が死んだ。1人の吸血鬼によって殺された。
テミストは森の中で姉、母と共に、父を探していた。数日前に行方不明になったのだ。
1昼夜探し続け、彼が見つけたものは、父の亡骸とそれを見て発狂する家族の姿だった。
次の瞬間、母親は包丁を取り出すと、一瞬の躊躇もなく姉を刺した。
テミストは、次は自分の番であることを悟り逃げようとした。しかし、数歩走ったところで、
彼の背中に包丁が突き刺さった。薄れゆく意識の中で彼が目にしたのは、
自分の背中から包丁を抜き、自らの首にそれを突き刺す母の姿だった。
だが、それで終わりではなかった。彼らは死者となってからも解放されることはなかったのだ。
それは亡き父への執着なのか、あるいは安易な死に対する天罰なのか。
どちらにせよ、悪霊と化した2人とこれからも行動を共にするのは、彼にとって恐怖でしかなかった。
それを解放してくれたのが、吸血鬼アリシュナなのである。アリシュナは言った。
「貴方に新たな世界を与えよう。我についてくるがいい。」
彼は迷わずアリシュナへの服従を決断した。2人の悪霊はアリシュナによって消滅し、
彼は安らぎと自由を手に入れたのである。
これがテミストの、スーナイの現在の記憶である。
吸血鬼に血を吸われた者は、記憶を改ざんされ、好きなように操られてしまう。
真実は、アリシュナが4人家族を殺し、長男の生血を啜った。これだけである。
アリシュナは普段吸血対象を殺すが、テミストから血を吸ったとき、何かを感じ彼を下部にした。
そしてテミストはアリシュナの忠実なる右腕、スーナイとなり、彼に命令されるがままに動いた。
ハイブリッドブラッド計画に唯一の適合者が現れた後、スーナイはアリシュナの真の目的を知る。
千年王妃の復活。それはすなわち、この世界のありとあらゆる種族の壊滅を意味する。
アリシュナは千年王妃を妻に迎え、この世界の支配者になろうとしているのだ。
それからスーナイは何年も研究を重ねた。そして1つの可能性を見つける。
この世界に知らぬものはないとされるゴブリン族の旅団、「コッドロッド一族」。
彼らが何かを知っていることは間違いないだろう。しかし、協力してもらえるとは思えない。
そこでスーナイは、この一族を滅ぼし、死体を蘇生させて記憶を全て抜き出そうと考えた。
行動は迅速に行われた。スーナイはコッドロッド一族の死体の中から1人を選び、
城へと持ち帰った。彼はさらに研究を重ね、慎重に蘇生術を編み出していった。
その過程でこの死体はシモン=パップスと名付けられる。やがてついに蘇生術は試され、
死体は再び目を覚ました。だが次の瞬間、シモンはスーナイに掴みかかった。
シモンは自我を持っておらず、本能から自分に近づく者に襲いかかったのだ。
スーナイは左目をえぐられ、顔を含め、全身に深いアザを刻みつけられた。
これ以上は危険と判断し、シモンは地下の牢屋に閉じ込めることとなった。
計画は膨大な資料だけを残し、1からの出直しとなった。スーナイは脱力感を感じることもなく、
再び新たな研究に着手した。あらゆる手法を手当たり次第に試していくことにしたのだ。
現時点で1番正解に近いと思われる方法は、特殊な魔法陣による召喚の儀式を行うこと。
これにふさわしい生贄を用意するのが彼の次なる目的となった。タイミングよく、
城をたった3人で訪れた愚か者たちがいるという、スーナイは彼らを生贄にしようと考え、
アリシュナにこれを提案した。
ほどなくして彼のもとを訪れたのは、魔法使いと幽霊の2人。もう1人は既に捕らえたか、
あるいは力尽きたのか。ところが、その幽霊の姿を見た瞬間、凄まじい憎悪が彼を包んだ。
そこで彼は理解した。姿は違うが、奴は自分に不幸をもたらした張本人、私の父だ。
それまで生贄にしようと思っていたものは、憎しみの対象でしかなくなった。
スーナイは彼らを一刻も早く視界から消し去りたくなった。まずは魔法使いを殺す。
いついかなる時、どんな場合であろうとも、スーナイの行動には一切迷いがない。
それはアリシュナの洗脳によってもたらされたものだった。しかし、このときだけは違った。
彼は父の問いに無意識に答えていた。少しの間会話が続き、ふと我に返った彼は、
自らの体に突然起こった変化に戸惑った。違和感を掻き消すため、父を拒絶し、攻撃を放つ。
さすがに父も諦めたのだろう。自分に攻撃を仕掛けてきた。
この程度の攻撃、スーナイにとってどうということはなかった。死者の攻撃も、
同じ死者たる彼にはただの非力な一撃にすぎない。今すぐにその存在を消し去ってやる。
そう思ったとき、彼はあるものを目にする。母の姿…それも自らの記憶と明らかに異なっている。
発狂し、悪霊となり果て、アリシュナの手によって滅ぼされたはずの母の、
あの優しげな頬笑みは何だ?激しい頭痛と共に、スーナイの洗脳が徐々に解かれていく。
彼は気付いた。悪霊となり果てていたのは、この自分自身だ…
スーナイは自ら消滅を望んだ。
望むべき最期ではなかったのかもしれない。だが、彼の魂は、真の解放を手に入れた。
ある家族が死んだ。1人の吸血鬼によって殺された。
テミストは森の中で姉、母と共に、父を探していた。数日前に行方不明になったのだ。
1昼夜探し続け、彼が見つけたものは、父の亡骸とそれを見て発狂する家族の姿だった。
次の瞬間、母親は包丁を取り出すと、一瞬の躊躇もなく姉を刺した。
テミストは、次は自分の番であることを悟り逃げようとした。しかし、数歩走ったところで、
彼の背中に包丁が突き刺さった。薄れゆく意識の中で彼が目にしたのは、
自分の背中から包丁を抜き、自らの首にそれを突き刺す母の姿だった。
だが、それで終わりではなかった。彼らは死者となってからも解放されることはなかったのだ。
それは亡き父への執着なのか、あるいは安易な死に対する天罰なのか。
どちらにせよ、悪霊と化した2人とこれからも行動を共にするのは、彼にとって恐怖でしかなかった。
それを解放してくれたのが、吸血鬼アリシュナなのである。アリシュナは言った。
「貴方に新たな世界を与えよう。我についてくるがいい。」
彼は迷わずアリシュナへの服従を決断した。2人の悪霊はアリシュナによって消滅し、
彼は安らぎと自由を手に入れたのである。
これがテミストの、スーナイの現在の記憶である。
吸血鬼に血を吸われた者は、記憶を改ざんされ、好きなように操られてしまう。
真実は、アリシュナが4人家族を殺し、長男の生血を啜った。これだけである。
アリシュナは普段吸血対象を殺すが、テミストから血を吸ったとき、何かを感じ彼を下部にした。
そしてテミストはアリシュナの忠実なる右腕、スーナイとなり、彼に命令されるがままに動いた。
ハイブリッドブラッド計画に唯一の適合者が現れた後、スーナイはアリシュナの真の目的を知る。
千年王妃の復活。それはすなわち、この世界のありとあらゆる種族の壊滅を意味する。
アリシュナは千年王妃を妻に迎え、この世界の支配者になろうとしているのだ。
それからスーナイは何年も研究を重ねた。そして1つの可能性を見つける。
この世界に知らぬものはないとされるゴブリン族の旅団、「コッドロッド一族」。
彼らが何かを知っていることは間違いないだろう。しかし、協力してもらえるとは思えない。
そこでスーナイは、この一族を滅ぼし、死体を蘇生させて記憶を全て抜き出そうと考えた。
行動は迅速に行われた。スーナイはコッドロッド一族の死体の中から1人を選び、
城へと持ち帰った。彼はさらに研究を重ね、慎重に蘇生術を編み出していった。
その過程でこの死体はシモン=パップスと名付けられる。やがてついに蘇生術は試され、
死体は再び目を覚ました。だが次の瞬間、シモンはスーナイに掴みかかった。
シモンは自我を持っておらず、本能から自分に近づく者に襲いかかったのだ。
スーナイは左目をえぐられ、顔を含め、全身に深いアザを刻みつけられた。
これ以上は危険と判断し、シモンは地下の牢屋に閉じ込めることとなった。
計画は膨大な資料だけを残し、1からの出直しとなった。スーナイは脱力感を感じることもなく、
再び新たな研究に着手した。あらゆる手法を手当たり次第に試していくことにしたのだ。
現時点で1番正解に近いと思われる方法は、特殊な魔法陣による召喚の儀式を行うこと。
これにふさわしい生贄を用意するのが彼の次なる目的となった。タイミングよく、
城をたった3人で訪れた愚か者たちがいるという、スーナイは彼らを生贄にしようと考え、
アリシュナにこれを提案した。
ほどなくして彼のもとを訪れたのは、魔法使いと幽霊の2人。もう1人は既に捕らえたか、
あるいは力尽きたのか。ところが、その幽霊の姿を見た瞬間、凄まじい憎悪が彼を包んだ。
そこで彼は理解した。姿は違うが、奴は自分に不幸をもたらした張本人、私の父だ。
それまで生贄にしようと思っていたものは、憎しみの対象でしかなくなった。
スーナイは彼らを一刻も早く視界から消し去りたくなった。まずは魔法使いを殺す。
いついかなる時、どんな場合であろうとも、スーナイの行動には一切迷いがない。
それはアリシュナの洗脳によってもたらされたものだった。しかし、このときだけは違った。
彼は父の問いに無意識に答えていた。少しの間会話が続き、ふと我に返った彼は、
自らの体に突然起こった変化に戸惑った。違和感を掻き消すため、父を拒絶し、攻撃を放つ。
さすがに父も諦めたのだろう。自分に攻撃を仕掛けてきた。
この程度の攻撃、スーナイにとってどうということはなかった。死者の攻撃も、
同じ死者たる彼にはただの非力な一撃にすぎない。今すぐにその存在を消し去ってやる。
そう思ったとき、彼はあるものを目にする。母の姿…それも自らの記憶と明らかに異なっている。
発狂し、悪霊となり果て、アリシュナの手によって滅ぼされたはずの母の、
あの優しげな頬笑みは何だ?激しい頭痛と共に、スーナイの洗脳が徐々に解かれていく。
彼は気付いた。悪霊となり果てていたのは、この自分自身だ…
スーナイは自ら消滅を望んだ。
望むべき最期ではなかったのかもしれない。だが、彼の魂は、真の解放を手に入れた。
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