[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
私は今中にいる。
そうあなたが認識した時から、私は中に存在することができると定義した。
もしそうでなければ、私は私自身がそう認識した時点で中にいることができる。
それは本当に嬉しいことだろうか?
それが嬉しいと思える人間は山のようにいることもわかっている。
だから私自身に関してだけ言えば、その感情は甚だ疑問である。
自分で認識した時点でそうなるとすれば、それは大変危険なことでもある。
つまり、可能である以上、本当にやっていないかどうかの証明は難しくなるというわけだ。
中にいたくなかった場合だ。
中にいたくない場合でも、相対的に中にいると自覚してしまうことはある。
一度こう認識してしまった以上、私はその時点で故意に中にいたことにされる危険が生じる。
それはとても危険なことだとは思わないか?
どうやってそれを否定するのか。
しかし、これは相手にもまた言えることだと思う。
想像上の彼らが敵になるのか、味方になるのかは分からないが、仮に敵になった時、
苦悩しているのはおそらく私の方だけではないのだろう。
さて、ここで質問です。
私は何についてこの喩えを使ったのだろうか?
学校か?研究室か?サークルか?宗教か?あるいは自身の人生そのものにか!?
己の選択してきた道は常に正しい方向に向かっていたのか?
あるいは一番初めに志した終着点へと少しでも近付くことができたのか?
さて、最初私は、甚だ疑問であるという表現を使ったのはなぜか。
その答はここにある。
上記の疑問は、全てを初め言ったように他者に依存して定義すればすぐに解決する。
なぜなら、確実にその都度、その決定に関わる他者が存在するからだ。
これを全て受け入れるという選択肢も、また存在するべきなのだろうと思う。
初めに言ったように、現に私がそう定義している。
そんな人生の何が良いんだ、全ての定義を他者に依存して、そんな人生崩壊している!
大抵の人間が多かれ少なかれそう思うことだろう。
全てがそうではないことによって、崩壊せずにいられるんだよ。
それに今、本当に崩壊寸前なのはあなた達の方でしょう?
あなた達はそうやって他人がくだらないことで悩んでいるのを笑ってますが、
あなたたちの悩みなんてくだらないことの域にすら達していない!!
いいのか、そんな悩みで!?
わかったらとりあえずその場で立ち上がってみることだな…
あれは去年の夏も終わるという頃…9月の、ちょうど誕生日の翌日でしたか。
その日の夕方、私は知り合いの車に乗って智頭街道を鳥取県庁の方に向かっていました。
もともとその途中にある鳥取画材っていう画材屋に行こうと思ってまして、
知り合いがちょうど県庁に行く用事があるって言うもんでついでに乗せてもらいましてね。
知り合いとは画材屋の近くで降ろしてもらってそのまま別れました。
で、画材屋にそのまま行ってもよかったんですが、その時は少し寄り道しようと思ったんです。
もとからそんなに寄り道したがる性格じゃないんで自分でも不思議だったんですが、
まあせっかくその気になったんだからいいかと思って、ちょっと脇道に入ったんですね。
そもそもこの鳥取っていう町はどうも時代遅れというか、
5時過ぎには閉まりだす店もそこそこ多く、さびれた町という言葉がぴったりなんです。
当然この日私が歩いた通りも着物屋やら畳屋やら、古臭さを感じさせる店で溢れ返ってました。
そこで面白い建物を見つけましてね。
建物自体は廃墟みたいな古びたものなんですが、その中に幾つかの小さい店が集まって、
まるで学校の教室1つ1つが店舗になったかのような造りだったんですよ。
これはなかなか凝った造りだなと思って店を見てみると、CDショップがありましてね。
ちょうど買いたいCDが出たところだったんで寄ってみることにしました。
扉を開けるとカランと古い音、中に入るとこれまた古臭い雰囲気で、
こりゃお目当てのCDは無いなと一目見てわかる感じでした。
小さい店なんで店員も男性が一人だけでした。
とりあえず、おそらく個人経営で趣味でやってるんだろうなというのはわかりました。
でもまあせっかく来たからと店内を物色するのもほどほどに、
「~っていうCDありませんか?」って店員さんに聞いてみたんですね。
そうしたら「…ちょっと…ないです」ってなんというかあんまり良くない返事ですよ。
声も小さかったですし。
まあ内心では個人経営だし仕方ないかななんて思いながら礼だけ言って店を出ました。
後は普通に画材屋に行って、その日は帰ったんですね…
ここからは先月の話なんですが、ふとこのことを思い出して彼女に話したんです。
彼女の方はCDショップには興味がなさそうだったんですが、建物自体には興味があるらしく、
二人でまたそこに行ってみようという話に。
私自身もそこまで乗り気じゃなかったんですが、せっかく行くならまたあの店に寄ってみるかと。
同じ建物でも昼間に来てみると結構印象が違うなと思いつつ、とりあえず中に入りました。
建物の造りにテンションを上げつつ、店を見まわす彼女の姿に、
とりあえず来てみてよかったと思いました。
その後彼女は真っ先に小物屋に入ってしまったので、ここは別行動をとることに。
早速あのCDショップに行くことにしました。
カランと扉の音、中に入ると、明らかになにかがおかしいんですね…
店内の雰囲気が何か違うというか、品揃えが明らかに違うんです。
前回は適当にしか見なかったし、コーナーの位置が変わるなんてことも珍しくはないんですが、
個人経営の店でわざわざそんなことをするかなと思いまして。
そのすぐあとに店員がCD棚の奥から出てきたんですが、その人がまた、女性でしてね。
これにはさすがにあれっ?と思いました。
すると今度は小物あさりに満足したのか彼女も店に入ってきまして。
当然店員の話になるんですが、彼女も不思議がってまして、
あの男の人はこの場所を売って辞めてしまったのかとも思ったんですが、
さすがに買った人がまたCDショップをやるってのも珍しいという話になりました。
そこで、とりあえずその女性店員に話を聴いてみることにしたんです。
「あの、すみません、このお店は最近始められたんですか?」と聞くと、
「いえ、かなり前からですけど」と。
詳しく話を聴いてみると、どうやら2年くらい前に父から店を受け継いでやってるみたいで、
その店自体はもう本当にかなり前からあるということだったらしいです。
見ると彼女は20代後半くらいですし、そんな若い女性がよくこんなところでと思いましたが、
父が足を痛め、母は共働き、兄弟もいないということで彼女が継ぐしかなかったんだとか。
いや、でもそれだと去年店にいたあの男の人は誰だったんだろうなと…
そこで「実は去年の9月の終わり頃にこの店に来たんですが…」と言うと、
店員が一瞬明らかに不思議そうな顔をしたんですね。
ちょうどその頃、事故に遭って短期だったものの入院、店は休業していたって言うんですよ。
これはいよいよおかしなことになってきたぞと思ってちょっと冷や汗をかき始めたんですが、
そこですぐ店員が思い出したように言ったんです。
「あ、それ父です、今でもたまに店に来るし、何日かは代わりに出てくれてたみたいなんで。」
「…ああ、なるほど、そういうことでしたか。」
私はいかにも納得したという表情でお礼を言い、CDを1枚だけ買って彼女と店を後にしました。
彼女には「普通に考えたらわかるでしょ」なんてバカにされてしまいましたよ。
…でも、納得できるわけないでしょう。
私は帰り道、鳥肌が収まりませんでしたよ。
彼女には詳しく話してなくて本当に良かった。
だってその男性って、どう見ても20歳くらいだったんですよ…
… お 前 だ ッ ! !
こしあんルーレット
一個だけつぶあん
還付金がパンプキン
キンコンキン
モチコチキン
モチコチッ!
ロコモコ風ソース
フルーツグラノーラ
お前は本当に休憩ばかりするな。
ため息交じりの苦笑がとんでくるのだった。
なにぶんストレスを感じやすい性格なもので、忙しい時ほど月にぶら下がって休憩。
高いところからの眺めはなかなかに心地が良く、優越感もある。
ここに比べればいつもいる場所なんか随分薄汚れているな。
最初に地に降り立ったもの。
水底から這い上がったもの。
きっと同じものでも、どう見たかも違えば、どう見えたかも違うだろう。
それが今でいう性格みたいなものなんじゃないかな。
あとは誤解と錯覚だよ、残りの全部だ。
周囲は少なくともそんな感じの日々。
国一つ越えたら何か違うだろうか、それでも世界は結局一つだが。
だから髪のはね方一つとっても、どうせそんなことはなかったことにされるのさ。
小さいことは小さい範囲でしか見ない。
それで今までうまくやってきた…なにしろストレス社会だからね。
少ない方が良いじゃないか、ストレスは。
誤解も少ない方が良いな、しかし錯覚は…
君が美しいように。
朝が来るように。
今があるように。
やっぱり最終的には、なかったことになるんだろうね。
一足歩行の新人類は、空中を自由に飛びまわることができる。
彼らはその外見を犠牲に誰もが夢見る能力を手に入れたのだ。
といっても、外見という概念は、私達二足歩行の人間が作り上げたものでしかない。
彼らにとっては、私達はたった一本の、それも空を飛べるなら必要の無い足を得ただけで、
醜く地べたを這いずり回っているだけの生き物にしか過ぎない。
彼らは思うだろう。
一体どこでこんな差が生まれたのだろうと。
私達は決して、生身で彼らに勝つことはできない。
誰が本気で空を飛びたいと思ったのか、それが私の友人であったことを、今はもう誰も知らない。
気高き意志は、その周囲へと凄まじい影響を与えるものだ。
私はこうして外見を全て捨て、思念体として無限の生命を得ることに成功した。
どれだけの犠牲を払えばそうなることができるのか。
そんなことは誰も知らない。
私本人ですら、自分の行った方法を他者へと伝えることはできない。
口もなければ手も足もない。
私は以前、確かに二足歩行の人間だったが、それは何歳までのことだったか。
私自身の、他人に比べればほんの少しだけ長い歴史の中では、一瞬のことだったような気もする。
今ではこうして一足歩行の新人類の方が、私により近い場所にいるというわけだ。
そして彼らはみな、私の友人の血を受け継いでいるということだ。
だから、彼ら全て、私の友人だ。
もちろん私のことが見える者など一人もいない。
二つの進化が同時に起こった奇跡的な瞬間、私達には素晴らしい時間だったが、
あれは未だに人類最大の危機だったと言われている。
そのとき私達に見えていたものと、他の大勢に見えていたものは、おそらく違うのだろう。
認識とはその程度のものだ。
そして私達の真実は、簡単に歴史の闇へと葬り去られたに違いない。
今ではその時のかすかな記憶を、全ての者たちが間違ったまま語り継いでいるのだ。
それは史上最悪の事故だったのか、進化の歴史的瞬間だったのか。
私は誰にも伝えることはできない。
だが、そんなことを悔やんでいたのはせいぜい3、4年の間だった。
その間にも私は様々な惨劇を目にしてきた。
無力でありながらとても強い人類を見てきた。
私はもう人間ではないのだろうか。
いや、私は人間だ。
人間だった。
その事実がある限り、いくら時が経とうと、私は人間だ…
あの瞬間、より高次の世界へと迷い込んでしまったある男は、新たな世界を得た。
そしてそこには、既に数え切れないほどの仲間達がいた。
彼らは今や、口々に同じセリフを吐く。
3次元に行きたいと。
12 | 2025/01 | 02 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
01 02
07 10 11
01 02 03 04 05 06 07 08
01 02 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
09 10 11 12