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突如、虚言の季節を2013年12月31日で綺麗に終わらせるかどうかという議論が勃発した。
その判断はただ1記事、2014年1月1日の記事が書かれるかどうかによってのみ判明する。
かねてから実際そこまで頑張ってブログを書く必要があるのだろうか、
そもそも現時点で全然頑張りきれてないじゃないかなどの意見が拾人の中で渦巻いていた。
しかし拾人が溜めに溜めたブログを復活させた時の達成感を知ってしまっていたことも、
今回の事態に対し早期に判断を下すことを躊躇わせる一因となっていたのだった。
ちなみに拾人以外の人にとっては本当にどうでもいい問題だった。
では拾人にとっては何が問題なのかといえば、つまりこういうことなのである。
私はいつ(真の)不定期更新に踏み切ることができるのでしょうか?
ここでいう真のというのは、記事がとびとびで更新されるという意味です。
今は実質不定期更新になっているとはいえ、過去記事を見返せば毎日更新になっている。
平たく言えば不定期更新(仮)みたいな感じなわけですが、なぜこの(仮)は取れないのか。
これだけで1記事書けてしまうくらいの、自分でも引くレベルの拘束力が働いている。
でもまあ、6年も続けてたらそうなるよなという声もあるかと思います。
そこに例えば誰かにやりきると誓っただとか、誰かを見返してやりたいだとか、
そういう要素が入ってくるならもっと話はわかりやすくなるでしょう。
でも6年も続けてたらそうなるという流れの「それ以外何もない」バージョンなのです。
私は決して借金をすることはできないと実感しました。
ブログですらこんなことになるんだったら、絶対に借金を返済することはできない。
雪だるまのモンスターが襲いかかってくる夢を見ることになるだろう。
でも今こうやってまだ更新を続けているということ自体が、
何かに追い付くことを目的としたものではないのか。
何かというとつまり現在、リアルタイムで進んでいるこの日常にでしょうね。
ということは、その目的を達成するためには1月1日の記事は当然書かれることになる。
私としたことが、つい目的を見失い泥沼にはまってしまうところでした。
そうと決まれば話は早いんだ。
よし、とりあえずこの記事を書いている2014年の4月に追い付くぞ!(絶望)
ちょっと忍者ブログに文句が言いたいんだが。
ちなみにこれ、文句言われても仕方ないことだと思うよ。
忍者ブログのエディタには現在、見ながら編集とソースコードという2つのモードがあり、
ソースコードはいわゆるタグ編集に相当するものなのだが、この二つの互換性が不完全。
というか、エディタ切り替え時に見ながら編集で作成した効果を勝手に改変しやがる。
食費反省会でたまに食費リストが中央に来てないことがあるだろ?
あれはその仕様とある程度戦って諦めたという証拠以外の何物でもない。
モード切り換えただけでタグが勝手に書き変わるだけでなく記事内容にもちゃんと影響する。
こんな馬鹿な話があるのかね?
なければそもそもこんな文句は出ていないわけだが。
まああれでしょ、これはタダで使ってる人への制限というか、課金すれば改善されるんでしょ?
それくらいの差は当然だよな…
課金制度があるんだからそりゃ当然の話よ、まあ俺は課金しないけどね。
…課金して同じ仕様だった場合に怒りが収まる気がしないからな。
どんな場所でもそこに慣れるには1週間で十分だ。
まあ俺個人としては2日くらいで十分だけど。
ようは休日が1日でもあれば色々動けるじゃん?
その土地を大体把握する程度ならそれで十分なわけ。
よりどこへでも行ける感が出てきた。
生活水準で言うならコンビニとホームセンターは欲しいかな。
カラオケがあれば言うことないけど(笑)
勝負は自転車を手に入れるまでの期間。
人間が満足に生活できる範囲程度なら自転車で十分行ける。
それ以上を求める場合には車も欲しいけどな。
ただ、今のところ当たりを引いているだけの可能性もあるからな。
結論を出すにはもう何年かはこの生活を続ける必要がある。
次は岡山にも1年くらい帰ったりもしたいわけだが、
可能性で言うと中国地方を飛び出すこともあり得るな。
というか、それを期待する部分も少しありつつみたいな。
まあなるようになりますけどね。
異動だけで記事が書けることを思えばいい仕事ですよ。
なんか冬が優しいぞ。
もう12月だというのに、いや、12月じゃなくても鳥取ならこうはいかないのではないか。
明らかに山陽側の恩恵を受けていると言えるこの気候。
そうか、冬というのは本来こういうものだったか。
実は私、生まれてこの方18回は山陽の冬を体験してるんですよ。
ところがここ7年弱もの間ずっと山陰の冬だったもんで、
すっかり感覚がマヒしてしまってたんですね。
だから冬が優しいとか言うある種の名言を生みだしてしまう。
冬に優しさを感じる奴なんてそういませんからね。
ただ東北の冬を経験してから鳥取に来れば、それはそれで優しさを感じるのかも。
まあ、人間経験から来る基準というものが知らず知らずのうちに染みついてしまいますよね。
そういう意味ではあまり長い間ここでの生活に浸っていると、
我慢強さとかがだんだん削ぎ落されていく可能性が微レ存。
耐えられるなら耐えられた方がいいと思うのが俺の美学なんだが、間違っているだろうか。
許容範囲のだだっ広い人間になりたいよね。
ちょっと本気出せばすぐに殺せるくらいの奴がクソウザいこと言ってきても、
全然笑って許せてしまえるくらいの懐の深さ、器のでかさを持ちたい。
そんな自分ならいくらでも好きになれるような気がする。
つまるところ、自分のことを好いてさえいればどんな環境でも生きていけるよ。
自分のこと、好きですか?
ただ冬が暖かいと言おうとしただけで自己啓発セミナーの扉が開きそうになったぞ。
>自重しておこう
岡山にいた頃は山口県というのは中国地方で一番遠い存在だと思っていたが、
あの頃はまさか自分がそこに住むことになるとは思っていなかったな。
というわけで12月2日はリアル山口入り記念日。
あらためまして、山口県は防府市でございます。
もう冬だというのになんか周りの空気に優しさを感じて戸惑う。
それもそのはず、何年間厳しい冬を経験してきたと思っているのか。
というか、鳥取の冬とてもはや厳しい冬ではなくなっていたというのに、
いきなりこんな難易度の低いところに連れてこられてもとりあえず喜ぶしかできない。
むしろ途中までは12月らしい肌寒さを感じていた気がしたのだが、
現地に着いた途端に異様な暑さに襲われ、とりあえず上着は脱いだわけだが。
どうやらこの辺りには冬足軽くらいしか来ないようだ。
まあもう少ししたらそれなりに寒くなってくるんじゃないかな。
そうすれば私は決して鳥取の冬を基準にしてはいけなかったのだと自覚するだろう。
とりあえず鳥取の冬と戦いながらの仕事をせずに済んだというだけでも、
異動の多いこの職業の数少ない恩恵を受けられたと喜ぶべきかな。
いやー、俺ここ手放しで住めるわ(笑)
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