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虚節イッター:記事を更新したいお年頃になってしまったようです
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ローサは19歳。

こんな名前でも一応男の子だ。

彼はこんな年になるまでずっと殻の中に閉じこもっていた。

でも何も不自由はなかったし、その殻の中は外の世界と同じ、
何処までも続く空に小鳥たちの囀り、木々や花々が季節を彩り、友達さえもそこにいた。

いや、彼はもはや現実と同じという枠では絶対に起こり得ない事も体験してきた。

あれは8年前の夏のこと、ローサはまだ11歳。

それまで辺りを飛び回っているだけだった1羽の小鳥が突然彼に話しかけてきた。

彼の殻の中では、彼の見たいように現実が捻じ曲げられる。

その小鳥は小さな黒い帽子をかぶり、蝶ネクタイを首に巻いていた。

そこからぶら下がっているリボンは小鳥の身長の約4倍ほどはあった。

小鳥が勧めるから、彼は小鳥の歌を聴くことにした。

小さな声だったが、それでも彼が予想していたよりははるかに大きい。

周囲の空気を震わせ、奇麗に耳の中でこだまする透き通った歌声だった。

彼の殻の中に初めて若干の変化が起こったのがこのとき。

それまでは存在するはずがなかった1頭の白馬が向こうから走ってきた。

彼の殻の中では、彼が望まないものは存在を許されない。

白馬がローサを乗せて走りだす。

小鳥の姿はもう消えていた。

彼の殻の中は、彼が予想していたよりもかなり広かった。

あれからずっと走り続けているのにまだ端までたどり着けない。

でも殻の中だということはわかる。

それは彼にとって殻の外と表現されるべき世界に他人から見た本当の彼がいたから。

そして彼自身、どちらの方が好きとか、どちらの方にいたいという感情を持ったことはなかった。

2つの世界が当たり前のようにいつからか存在し、ローサだけが自由に行き来できる。

どれだけの時間走ったのか、馬が立ち止まったのは崖の上。

このときローサは13歳。

視界を斜め右に見下ろした所にある滝には大きな円状の虹が3重にかかっていた。

あの虹をくぐってみたいと彼が思ったから、いつの間にか白馬には羽が生えていたし、
何のためらいもなく崖から飛び降りて空中を駆け、いとも簡単に虹をくぐってみせた。

そのちょうど真ん中の虹の上に何かが乗っていた。

あれはまだローサが4歳くらいだった頃によく彼の面倒をみてくれた友達だ。

あのときから彼の容姿は全く変わっていない。

もちろん変化を許可しなかったのはローサ自身だった。

とても奇麗な、しかし危険性を帯びた真紅の髪が風になびいている。

神秘的なその光景に、ローサは時を止めた。

彼の髪は風に巻き上げられたまま静止している。

しかし、そこで殻の中に二つ目の変化が起こった。

彼は髪を空中に巻き上げたまま、ローサを見つめ、そして微笑んだ。

次に髪が力を失ったかのように重力のみを受け始めると、彼は虹の上を歩きだす。

彼が歩くたび、虹は鉄ともガラスともいえない音色を発している。

その音色は色彩を持って完全に停止しているはずの滝に衝突し、
滝は時間を取り戻したかのように自らの破片をある程度の範囲に撒き散らしたが、
それらは飛び散ったままの状態で再び静止した。

彼は虹の上を歩き、ローサの近くまでくると、ローサに向けて手を差し伸べた。

ローサが彼の手を掴むと殻の中に時間が戻ってきた。

2人は虹の上、白馬は再び羽を失って落下する途中、無数の小鳥になって飛び去った。

「やあ、久しぶり。」

「今までどこにいたの?」

「さあ、気付いたらここにいた。」

「君は少しも変わらないね。」

「君がそう望むから。」

「…」

「あの赤い雲が見えるかい?」

「え?…ホントだ。」

またしても殻の中に存在しなかったはずのものが現れた。

「行こう、あの雲は特別でね、鉄でできてるから上に乗っても大丈夫なんだよ。」

「うん!」

彼が指を鳴らすと青に近い紫色をした飛竜が2頭、森の中から飛び上がってきた。

ローサは彼の名前が思い出せない。

いや、彼に名前なんてなかったかもしれない。

だったら彼の名前はルーハ、昔本で読んで気に入った名前だ。

「そういえば今まで聞いていなかった…君の名前は?」

「俺の名はルーハ、君がつけてくれた、いい名前だ。」

やっぱり。

さっきから様子がおかしかったけど、まだこの殻の中はある程度自分の思い通りにできるらしい。

赤い雲から見た景色は、ローサの予想を超えていた。

この世界がこんなに大きくなっていたなんて、自分でも気付いていなかった。

行ってみたいところがたくさんある。

あの青い森も黄色い山も、この目でその隅々まで楽しみたくなった。

隣にはルーハがいてくれるから。

それから2人でずっと歩き続けてきた。

他の友達はいつしか殻の外に出てくるようになっていたが、ルーハだけはいつも殻の中。

だからこそルーハが好きだった。

そして、ローサが19歳になって少しだけ月日が経ったある日。

「ローサ、君は2つの世界を自由に行き来できるよね?」

「うん…僕だけでゴメン。」

「そうじゃないんだ、ローサ…君は、この世界を壊すこともできるんだよ?」

「わかってるよ、でもそんなことするわけがないだろ?」

「わかってないよ、君は。」

「…なんでそんなことがわかるんだよ!」

「君には大事な人ができたんだろ?あっちの世界で。」

「!……それは…」

「僕といつまでも一緒にいてはいけないんだよ。」

「なんで?…なんで君はいつも僕の思い通りになってくれないの?」

「なんで、か…やっぱりわかってない、君がそう望んでいるからだよ。」

唐突にルーハが手を差し出した。

「覚えてる?あの赤い雲…」

「うん。」

「行こう。」

飛竜は現れなかった、2人は自分達の翼で飛び上がった。

「ほらね、この殻の中は、全て君の思い通りだ。」

赤い雲の上に乗る。

でも今回は下に広がる景色を見下ろしたりはしなかった。

「見てごらん、ほら、あそこだよ。」

その雲のさらに上、空にヒビが入っている。

「君はこの殻を突き破らなくてはいけない。」

「そんな必要ないよ、いつでも外と行き来できるんだから。」

「じゃあ聞くけど、この殻の外側ってどうなってる?」

「それは…あれ!?」

「気付いたみたいだね、君はまだこの殻から出たことがないんだ。」

ルーハの目から涙が零れ落ちる。

「さようなら、行ってきな、外の世界に。」

ローサは飛び上がり、物凄い速さでヒビに飛び込んだ。

殻の外側には奇麗な文字で大きく「楽園」と書かれていた。

外の世界はいつもと変わらない、でも何かが違う。

それからローサは殻の中に入ってはいない。

殻の外は、彼にとっての楽園になった。
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