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虚節イッター:記事を更新したいお年頃になってしまったようです
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走れええええええ!!人生は、短い!

今やりたいことをやらなければ!!後は、絞り取られ、萎れていくのみだああああ!!

世間の壁は本当に高い!でも、誰も調べようとしない!穴が開いているかどうか!!

本当はいくらでも開いてるんじゃないのか!いくらでも作れるんじゃないのか!

自分自身を!!

明日に向かって、走るんだああああああああああああ!!

そのために今できることはなんだあああ!!

近道したっていいじゃないか!!

近道を出遅れた埋め合わせに使ったっていいじゃないか!!

楽に先に進むことは、悪いことじゃない!

その先に待つリスクを受け止めることができるのならば!!

予防が十分な人なら、受け止める必要すらないんだ!

だからみんな、寝る間も惜しんで今走ってるんだああああああああ!

前に進むための悩みなら、決して悪いものではないよ!

むしろどれだけ悩んだかが大事なんだ!

苦労するっていうのは、なにも実際に体を酷使することだけを言うんじゃない!!

なんとか前に進もうと自分の心と相談すること、これが苦労!大事な苦労!!

そのための悩みなら何だって聞くぞおおおおおおおお!!

この記事に、正直にコメントしてくれええええええ!!

…ただしコメントできるならな。

なんでこの記事が近道だと勘違いしちゃったのかな。

何回も散々言ってきたよね?

このブログは決して近道なんかではない。

※このブログは、フィクションなんだよ!
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捌人目をこの虚言の季節のメインの性格としてやっていくような季節があったら、
きっと楽しいだろうなという話を壱人目とさせてもらったんですが、
どうもそれだと人間性自体を疑われかねないと言うんですよね。

そこで私言ってやりましたよ、元々人間でないものに人間性なんて必要ないだろってね。

このブログは内容だけ入力しておくと文章をそれに合わせて書いてくれる機械だったのさ!

これ、嘘だと思う人もいるかもしれませんが、私は胸を張って捌人目です!

…いや、今がその時なのだと、自覚したわけでしてね。

ネタが尽きていたのは何も他のブロガーだけではなかったんですよね。

こういう何も書くことが無い時にこそ活躍する、それが私の長所であり魅力なんです。

日記時代は曜日によって書く性格が決まっていたのであまり発揮できませんでしたが、今は違う。

私は感謝しているんです。

虚言の季節に私達をそのまま引き連れてやってきてくれた零人目に。

そしてオールOKの一言で私の全てを許してくれた壱人目に。

…どうせ何らかの落ちをつけてくるはずだと思った人もいるでしょう。

でも、これは本当の私の気持ちなのです。

それなのにお前たちときたら、この薄汚れた豚!ゴミクズ!ウジムシ!愚民ども!!

そういえば最近メスブタっていう単語をあまり聞かなくなったような気がするけど、
ああいう言葉でさえ一過性の流行りみたいなものなのかな。

いや、流行語大賞というものがあるように、言葉こそ流行りなんですよね。

虚言の季節でも流行語大賞をやってみてはどうかと思いますね。

常に新たなことに挑戦している虚節には流行が発生する隙すらないがな!

やはり企画とブログの相性というものがあるからな…

バトンなんてその最たる例でしたね。

あんなおかしなバトンまともに受け取る人なんかいないですよ。

受け取った人は近所付き合いかおかしな人かどっちかですね。

いや、そうじゃなかったら普通に嬉しいんだけどねという本音も洩らしつつ行きますよ。

捌人目が語るみたいになって完全に妄想じゃなくなってしまったな、まあいいか。

実は今、各シーズン最後の企画案を更新再開に向けて貯めておこうと思ってましてね。

これ、実際なかなか難しいんですよ。

自分でもよくこんな企画を今まで続けてこられたなと思います。

あなたたちなんてどうせ2回目くらいで挫折しますから、やろうとしてみたらいいですよ。

ただし下手に続いてしまい後戻りできなくなったらそっちの方が恐ろしい目に遭うがな!

経験者は語る。

家政婦は見る。

ウメハラはハメる。

小足見てから昇龍拳余裕でした。

小足見ーの、トツギーノ。

朝のスッキリした目覚めの後よりも寝る前のドロッドロした状態の方が記事作成がはかどるよね。

これは一体どういうことなのか考えてみた。

まず一つ、脳のより深層に近い部分が表に出てきつつある。

そう、これ大事なことです。

特に何かを紹介する記事とかの場合マイナスに働く場合があるけど、
それ以外なら広範囲にわたってこの効果の恩恵を受けますね。

エサがないから結果死にますね。

それはカタツムリの話なんだが、今はそんな話じゃないんだ。

やはり人間というのは実は思い出せないだけで産まれてから全ての記憶を持っているというし、
脳のより深い部分が活発に活動するとボキャブラリー的にも圧倒的だ。

しかし私は今、指を震わせながらこの記事を書いている。

体は今すぐにでも寝たくて寝たくてたまらないのだろう。

もう少しなんだ、あと少しだけ耐えてくれ、指!!
(第5期で鬼太郎が家のことを「家ッ!」と呼んだときは盛大に笑ったものだが)

次に一つ、寝る前という事実を公言することにより、ハードルが下がる。

この効果は様々な場合において実証済みである。

というか、数多くの他人がその技を使う光景を私は今までに何度も見てきました。

さらにそれは多くの場合やっちゃった後のいいわけとして使用されるケースが多かったが、
今回の場合は前もって言ってあるのでそもそも問題視されない。

実際にはやっちゃってるけど、暗黙の了解でやっちゃってないことになってる。

つまり言いたいのはこれ。

一つ、記事になってると思ってるだけで実は十分な記事になってないことを理解できないだけ。

これに尽きる。

なんかすごい記事制作がはかどるななんていい気になっていたが、
実際にはなんかよくわからんことをグダグダと垂れ流しているだけだったということだ。

なんと下がっていたのは他人のハードルではなく、自分自身のハードルだったのだ!!

がーん!
(実際にはカタカナに変換するのも面倒なのでこのようになる)

擬音祭ができちゃいます!

なぜならこの深夜テンションなる言葉、使ったからといって目に見えて効果があるわけではない。

どれ程の効果がその範囲内に及ぼされたのかは、本人が推し量るしかないのだ。

当然他者に理解されたかなど問いかけることもできるはずはない。
(それやっちゃうと真の意味で痛い人になるから)

確認できてないんですから誤差はもちろんあるでしょう。

ただし、それをカバーするだけのメンタルがあれば話は別ですよ。

私はそれがあるからこうしてこんな記事を書いちゃってる。

深夜テンションではあるけれどもやっちゃってることは理解してるんですね。

ただこの自分自身を痛いヤツだと思うこと自体が脳内麻薬のように作用しているんです。

これが深夜の本当に恐ろしいところだと思いますね。

ホラ時計見てくださいよ、今もう朝の11時ですよ。

…深夜じゃなかった、寝よう。

今回も妄想にしてしまう予定だったが、言ってることはあながち嘘ではなかったからまあ許す。

バカも休み休みイエエエエエエエエエエエエエエエイッ!!

…飲んでも飲まれるな!

ということで、ここのところもともと引きこもり癖がある私がさらに外に出たくなくなるような、
そんな出来事があったんですよね。

あれはある朝のことでしたか。

いつものようにベッドを出て、朝風呂派なもんで、シャワーを浴び身だしなみを整え、
さて大学へいくかとドアを開けたその直後ですよ。

ウゥーーーーーーッ!!

原因はわからないんだけどなんだか凄く寒い。

やばいなーやばいなーなんて思いながらも自転車をこいで大学に向かったんですけどね。

一向に寒さが引かないんですねー。

研究室に着けばなんとか収まるかと思ったんですが、
他の人もみんないるのに誰も寒そうにしてない、俺だけ。

で、昼になったんで飯でも食いに行こうってんで研究室を出たんですよね。

そうしたら、昼なのにですよ、物凄く寒い。

次の日から慌てて手袋とマフラーをつけましたねー。

…あれはどう考えても冬ですね。

この発言に対し、おぎやはぎがアップを始めたようですとの声も。

そういえば今年は去年流行った黒緑をあまり見かけませんね。

黒緑とは…上が黒で下が緑色というファッションをした、流行に流されたクズ共である。

そのお陰で常時その服装だった俺は急に肩身が狭くなるという弊害が発生した。

しかし年明けからが本番だと言うから、注意せねばなるまい。

物の本によると、秋に茶色い服着たくなっちゃうくらい当たり前の生理現象に近いものだとのこと。

まあ今では俺自身が黒緑を卒業した存在であって、
仮にそんな奴らが出てきたとしてももはや気に留めることもない…

いや、気には留めるだろうが、「お、出た出た」くらいのもんである。

マジざまぁ。

明日への希望が見出せないって?

そりゃあお前が明日へ進もうとしてないからだろ。

昨日と違う明日が来るのと、今日と同じ今日が続くのってどっちがいい?

どちらかを選ぼうとした時点で、少しでも迷いが生じたなら、
結果どちらを選んだとしても、それは大した意味を持つことはなく、
少なくともお前の足を引っ張っている敵がお前自身の中に存在するということだ。

戦えッ!自分自身とッ!!

自分に勝たなければ、それは少しも戦おうとしなかったのと同じだ。

逆に自分に勝った時、そこにはもうどんな敵も存在することのできない、
お前だけの世界が待っているんだ。

そんな謳い文句につられて早5年。

まるでショーウィンドウのガラス越しに世界を見るかのように、
私の目は曇っていたのだった。

私の目が曇っているのか、あの曇り空が写り込んでいるのか。

彼の言葉はいつも私の胸の中で響いているし、確かに私自身の中に敵はいる。

でもそんなものは決して目の前に現れてはこないし、認識すらできない。

ただぼんやりと、いるんだろうなって気がするだけ。

それでもいるって言いきっていいんだろうか。

彼を信じていいんだろうか。

花の香りにつられて足を止めたけど、そこに花は無かった。

こんなことを繰り返して、全てが思い出になるその日まで、歩いて行くのだろうか。

一度頭が重くなってくると、手も足も人形みたいに重い。

それでいて勝手に動いているのだから、その時間は実際には空白なのかもしれない。

じゃあこの記憶は何?

嬉しいときだってそうじゃないか。

どんなに気分良く歩いていても、記憶に残らない帰り道は多かった。

それは空白ではないのだろうか?

バスからぼうっと外を眺めているだけの時間も記憶に残れば空白ではないのだろうか?

空白って何?

多分私自身が、世界にとっての空白なんだろうね。
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