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ファントム・アポカリプス エピソード:ハイチ

 なぜ死んだのか、冥府の暗がりの中で、男はそればかり考えていた。

 かつて男には家族があった。若く美しい妻と2人の子供、幸せな家庭だった。
その風景を思い出しては涙を流す毎日に、男はもう疲れていた。彼には消滅も許されていない。
理由は自らの執着心、ところが、死の理由がわからぬ彼に解決法はない。
結果、いつも一人、同じ場所で啼き続けていたのだ。

 ある日、その機会は突然もたらされた。自分のもとへ光の玉が飛んできてこう言った。

 「お前を苦しみから解き放ってやろう。代償は全ての記憶と、存在の拘束だ。」

 男の決断は早かった。光に導かれ辿り着いた先で出会ったのは1人の魔法使い。
その名をルイという。このとき、男の記憶は完全に消えていた。ルイは男をハイチと名付けた。
以来、ハイチは彼の使い魔となり、毎晩体を重ねる間柄となったのだ。

 使い魔ハイチになってからの彼は、ルイの目的のため、霊界へ赴いては同士を増やしていった。
理由は教えてもらおうとすら思わなかった。今の彼にはルイが全てだったからだ。
ハイチの使命は、ルイの障害となるものを徹底的に排除することだった。
そして、ルイには今、倒すべき敵がいる。名をアリシュナといい、吸血鬼の長である。
アリシュナは各地に出没してはあらゆる種族を壊滅させようとしている。
2人はアリシュナの気配を察知する度、その地へ急いだ。ところがアリシュナは戦おうともせず、
すぐにその場から姿を消してしまうのである。もはや奴の居場所を突き止め、乗り込むしかない。

 やがてモビリンという男が仲間に加わった。彼は過去を語ろうとしなかったが、
アリシュナに対し、深い憎しみを抱いていた。以後ハイチはモビリンと一緒に各地を回る。
モビリンは教えてくれた。霊界への道はどうやら1つではないらしい。
上級霊の住処は特殊な結界が張られており、特定の場所からでないと侵入を許されない。
モビリンの助けを得たハイチは、ついに「亡き人の軍勢」を味方につけたのである。
さらに彼は、アリシュナの居城をも教えてくれた。そして、その夜が訪れた。

 魔境に踏み入った3人を待ち受けていたのは、凄まじい数のコウモリの群。
突如モビリンが叫んだ。彼は彼の宿敵を見つけたのだ。モビリンは言った。

 「すまん、俺はここで離脱する。お前等は先に行って待っておけ。」

 ルイは襲い来るコウモリの群に目もくれず、暗く長い廊下を突き進んでいく。
ハイチはルイの進行の妨げにならぬよう、コウモリを片っ端から潰していった。
やがて大きな扉に辿り着いた2人。扉を破壊すると、そこに待っていたのは1人の死人だった。
ハイチはその容姿に凄まじい違和感を感じ、思わず倒れそうになった。その一瞬だった。
ルイの体を無数の針が貫き、ルイは叫び声とともに溶けてなくなってしまった。

 その瞬間、ハイチは記憶を取り戻した。目の前に立っているあの女…私の娘ではないか。

 「リザ…お前、こんなところで何を…」

 「リザじゃないよ父さん。それは姉さんの名前だ。」

 「なんだと?しかし…ということは…」

 「ああ、テミストさ。」

 「そうだったか…リザと母さんはどうしたんだ?」

 「この通りさ。みんな死んだよ、あんたを追って。」

 彼は深い絶望感に包まれた。なんということだ…私はとんでもないことをしてしまった。
今まで彼は家族が生きているものと思い込んでいた。彼の死の秘密がわかったとき、
最後に家族のもとを訪れたいとも思っていた。もっともそれはまだ希望を持っていた頃のことだが。
しかし、不思議なことに今この瞬間まで、家族の死という展開だけは考えていなかった。

 「…一緒に帰ろう。」

 「帰る?どこへ?あんな魔法使いごときに操られて、可哀想に。それにね、
  今の私はもうテミストじゃない。アリシュナ様の下部、スーナイよ。」

 「何を言っているんだ。さあ、こっちへ…」

 「ネイル・アート!」

 テミストの面影は消えた。完全な敵となった。もう男に残された道は1つしかない。

 「…ゴースト・レギオン。」

 空間が歪み、死者の軍勢がスーナイを飲み込んでゆく。彼は息子を手にかけたのだ。
そして、その死者達の激流の中で、彼は見つけた。なぜ今まで気付けなかったのか。

 「アイナ…」

 「あなただったのね…全然気付かなかったわ。だって、凄く若返ってたんだもの。」

 そうだ、この体は若すぎる。そう思ったとき、彼は生前の姿を取り戻した。

 「すまない…わたしは、テミストを…実の息子を…」

 「いいえ、あれはテミストじゃないの。テミストはアリシュナに殺されたわ。」

 「なんだって、じゃあ…」

 「ええ、彼の心は今、やっと解放されたのよ。あなたの手によって。」

 「あぁ…アイナ…」

 「行きましょう。リザが待ってるわ。」

 「…そうだな。」

 月明かりが窓の格子模様を黒く染め、床に映している。その部屋には、もう誰もいない。

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