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「悲恋の大木と異形の歌姫」
悲しい歌声が聞こえた…
穏やかな日差しを受け、咲き誇る一面の花々に彩られた山道があった。
優しい色彩達がその香りを風に乗せ運ぶ季節には、“妖精達のベッド”と呼ばれた。
道は左右にうねりながら山頂へと続き、やがて視界からは色が消え、無機質な岩肌が姿を現す。
妖精達のベッドは、これから険しい山へと挑戦する者達を見送る別れの景色とも言われていた。
その山道を少し外れ、数分ほど歩いた場所に切り立った崖があった。
そこには一本の大木が人知れず生い茂り、その横まで歩けば崖下の町を一望できる。
大きくはないが、この景色があるおかげでそれなりの収入もあり、活気のある町だった。
また、自然に囲まれ、自然を愛し、自然と共に生きる穏やかな町でもあった。
季節が巡るごとに様々な祭典が催され、人々の笑顔も絶えなかったという。
そんな町が、一日にして消え去った。
生き残ったのはたった一人、偶然2日ほど町を出ていた男だけだった。
男の話によれば、人々はみな何者かによって惨殺されていたという。
後に死因や傷の形状からこの事件は町人同士が互いに殺し合ったものだと判明した。
しかし、現場の調査へと向かった捜査官達は、後に何らかの形で全員が死亡、
唯一の生き残りだった男も数日後に自殺した。
彼の残した最期の言葉は、「悲しい歌声が聞こえた…」
そう言い放った彼の顔には、いかなる感情も入る余地はなかったという。
そんな町を、一人の魔法使いが眺めている。
魔法使いの横にはこの事件の犯人が、面白くもなさそうに大木へと寄りかかっている。
「貴方のお話を聞きに来ました。」
魔法使いは上品な発音で彼女に語りかけた。
「そんなことより、お歌はいかが?」
彼女の視線は魔法使いを捉えてはいない。
花々の香りを乗せた微風が二人の鼻先を擦った。
「…貴方はなぜ、ここに来たの?」
魔法使いは訊いたが、既にその答は知っていた。
「どうしても聞きたい?私のお話、長くなるかもしれないわよ?」
「ええ、それだけの価値がありますから。」
初めて二人の視線が一致した。
「私はここへ、この大木のもとへ…戻ってこなければならなかったのよ。」
「彼はとてもいい人だったわ…植物が好きでね、いつも人は自然の中にあるべきだと言っていた。」
既に彼女の視線は空の彼方へと解き放たれている。
「この木も彼が植えたものなのよ。私は彼と約束した…
この木が大きくなる頃にはここへと戻ってきて、そして、彼のために愛の歌を歌うってね。」
彼女の頬が少しだけ赤く染まり、空を見つめる眼差しが優しくなった。
その先にはその男が微笑んでいるのだろう、そう魔法使いは思った。
「でも、久しぶりだわ。私達の、二人だけの世界に入ってくる人がいるなんて…」
魔法使いの表情は初めから少しも変わっていない。
「…なぜ、町の人々を殺したのですか?彼らがこの大木に何かしたのですか?」
「あら、せっかく楽しくなってきたところだったのに、気が早いのね。
最初からそれが聞きたかったんでしょう?」
赤らんだ頬は周囲の大気に溶け出すかのように、優しいままだった。
「私、町の人達になんて興味はありません。」
嘘ではない、そうわかるように彼女はハッキリと言い放った。
「私はここで愛の歌を歌っていただけ…でもなぜかしら、歌っている間は涙が止まらないの。」
魔法使いはすべてを理解した。
「貴方はいつまで歌い続けるつもりなのですか?」
「そうね、この涙が止まるまでかしら。」
彼女の頬に刻まれた一筋の道を、いくつもの滴が伝っていた。
「あの人に会いたい?」
「会いたい。」
「会わせてあげられるわ。」
その言葉に彼女は一瞬だけ身震いした。
同時に彼女の眼差しが陰り始めた。
「だめよ、私はもう飛べないもの。こんな体で彼に会いになんて行けないわ。」
彼女の老いた体は、それでも乙女だった。
二人は町に視線を落とすこともなく、静かに空の彼方を見つめていた。
「良いお話でした。もう帰りますね。」
魔法使いは初めて彼女に向かって微笑んだ。
「またいつでもいらっしゃい。あなただけは特別よ。」
「ありがとう。」
魔法使いは振り向いて歩き始める。
しかし、少し歩いたところで急に何かを思い出したかのように立ち止まった。
「貴方に渡したいものがあるの。受け取ってくれますか?」
着色された砂がハートの型に詰められた首飾りだった。
「あら、素敵。頂いてもいいのかしら?」
「ええ、受け取って頂けて光栄です。」
魔法使いは改めて一礼し、歩き出した。
彼女の視線は既に魔法使いを見失い、やがて視界も黒く染まっていった。
一羽のセイレーンが、大木に寄りかかり、眠っていた。
次の朝、そこにセイレーンの姿はなかった。
ただ、大木の根元に何かが焼け焦げたような跡だけが残っていた。
夜のうちに一匹の黒猫が、何かを銜えて行ったようだった…
ファントム・アポカリプス 外伝:ルイ・ザ・ウィザード
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