事故

ありえない…

写実画を描くなんて絶対にありえない…

そんなものは金の無駄遣い、愚の骨頂、低能な人間の悪あがき！
…ありとあらゆる愚行以外のなにものでもないわ！！

この気持ちは貴様らにはわからん。

少なくともF５０号キャンバスを購入したことのない者にはな！

今俺の横にあるこのキャンバス…俺には既に絵が描かれてあるように見える。

それは宙に浮く二つの塔…

決して安定することなく宙を漂うその様、その容姿は或いは白く、または黒く、
周囲に群がる天使と悪魔は絶えず争いを続けるのだ。

その塔の下には無数の龍が飛び交い、塔は数多き贄によって浮いている…

その塔が浮く世界は絶えず様々な色に移り変わり、この世であるかさえも怪しい。

やがて塔を上へ上へと登りつめた者が行きつく先は、もはや人間ではない何かだ。

即ち、この二本の塔こそが人間そのもの…言うなればそう、生者（聖邪）の塔！！

…ここまでの文章が脳内を駆け巡ったのは、私がF５０号キャンバスに手を伸ばした時だった。

それからは起きている間は常にその絵が視界から離れない。

その絵を見ながら自転車を走らせていたせいで危うくこけそうになってしまった。

１日また１日と日が経つごとに少しずつその塔は脳内で完成していく。

私はこれを描くしかないのではないだろうか。

これはもはや事故だ。

F５０号キャンバスを買っただけでここまで考えが変わるもんなのか？

ただ、これだけの金払って実在の景色を描くとか、悪いがアホとしか思えん。

ましてやこの大きさのキャンバスに…

やっぱ音美にいた低レベル萌えキャラをでけえキャンバス（？）に描いてたやつはアホだ。

つーかそんな奴死ねばいいわ（笑）

これは多分、実際に買った人間にはわかる。

そもそも値段が（安物のではあるが）ペンタブとほぼ一緒なんだぜ？

どうやら俺はこれから一生風景画家の存在意義を疑って生きていくことになるらしいわ。

疑ってっつーか、むしろ全否定してやる。

あぁ…これはヤバいぞ。

音美に出すとか多分無理だわ。

この絵は少なくとも５年はかけて描きたい。

まあこれはちゃんと完成させたいという意味で、俺の技術次第では短縮できるだろうが。

さて、どうするか…まずはがっ展の作品を描いてしまうか。

「暗海彩星」の枚数を増やすのも大切だが、この絵を完成させることの必要性には及ばない。

…しかし、俺の人生はこの絵を描くためにあったんだな。

ちなみに俺、面相筆くらいしか持ってないから、全部これで描くわ。

また詳しい設定は描いてる途中で次々できていくことだろうし、今から楽しみで仕方ない。

マジで描くスペースないけどこれは家で描こう。

何が起こるかわからない場所には置いておけない。

まずは脳内で隅々まで確認しなければ…次は設定原画作成だな。

俺は何かを動かすためにまず直立に近い図を描かなければならない。

それはこれまでの絵からもわかっている。

より理想に近づけるためには、全ての登場人物（？）をまず描かなければ。

キャンバス上で動かすのはその後だ。

また、ありとあらゆる建物、植物をよく観察しなければ。

基礎なしに応用なんてできるか。

幸いにも俺の分野は土木、この辺りも俺の人生がこの絵の為に存在したという証拠ではないか。
（まあ俺が描くのはこの地球上では構造上絶対に形が保てないような建物だが）

高校で土木と出会い、大学で油絵と出会い、それまでの間に好きなだけ絵が描けた…
考えてみれば実に効率よくできている。

美術部に入らなければ絶対にF５０号のキャンバスは買わなかったし、
ある先輩に誘われなければ美術部には入らなかった。

さらにその先輩は俺の高校の友人の友人で、出会ったのも大学に入学する数週間前。

よくできた話だと思わないか？

その先輩とか、美術部に入ってからは一気に合わなくなったし、
ホントに俺の人生においては俺を美術部に誘うためだけの存在だったのでは？

少なくともこれは人生の第一目標であることは間違いないだろう。

この絵の一番の問題は、重力を考えるかどうかだが、似非地球でいいじゃないか。

なぜなら「宇宙だから」、「人間じゃないから」等という言葉では他人は納得しないからだ。

だいたいどんな物語の世界にも太陽はあるしね。

一番てっとり早く物理法則を無視する方法は、「魔力」を存在させることかな。

魔力があったら全ての超常現象が魔力で片づけられるようになる、無敵だ。

しかしどうしてこうも考えが変わるかね…自分でも見ていて滑稽だな。

あと、たぶん俺の否定してる写実画って少なくともF５０以上のサイズのものだわ。

だってFSMのキャンバスに黒猫を描いてる時はそんな考えは一切浮かばなかったし、
現に今も毎日のように描いている。

風景画家と言ったのは写実画の中でも特に風景画に大きいものが多いからだ。

でもどうするかな…実際描き始めると、以降の全ての展覧会に支障が出るだろうな…

紙に白黒で描いていいなら２、３日で描けるんですがね…