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虚節イッター:記事を更新したいお年頃になってしまったようです
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私自身のマンガ・アニメに対するスタンスという、どうでもいいお話。

人間というのは昔から現実を超えたところにあるものを好んできたから、
昨今のバトル漫画における謎の展開もこの観点から見ると非常に納得がいく。

現実を超えたものというのは例えば魔法とか、モンスターといった類のものだが、
特に日本においてはこれらのネタには事欠かない。

昔から妖怪などに親しみも深かったし、無機物にも度々生命を与えてきた。
(擬人化という文化も根強い)

また、人間はほぼ生態系の頂点に君臨していると自負している側面はあるのだが、
その立場にあってなお「本当は」自分たちより強いとする存在を設置したがる。

簡単な例えではワニやサメなどがそうで、「武器を使わなければ」人間は勝てないとする。

実際には道具でも何でも使い放題であり、それが「人間の持つ攻撃力」である。

本気で向き合った両者の間にあるのは、本当に一方的な光景なのである。

さらに身近なもので例えるならば、腕相撲などが良い例になるだろう。

負けが決まっている側というのは、自分の全力をかけて相手を倒そうとする。

その一方で、勝ちが決まっている側はどうだろうか?

ある程度の力で両者の腕が釣り合った状態を作れたとする。

このとき負ける側は既に全力であるから、もはやどうすることも出来ない。

勝つ側は簡単である、そこにほんの少し力を加えてやればいい。

そうすれば時間に差はあるものの、いずれ負ける側の腕は崩れ落ちるだろう。

本当は勝つ側が全力を出す必要などないのである。

マラソンも(厳密に言うと違うが)似たようなもので、
一度前に出た走者は以降相手と同じペースを維持すれば全速力でなくても抜かれることはない。

何が言いたいのかというと、両者がお互いに倒し倒されを繰り返すような状況は、
よほどのことがない限りまず発生しないということだ。

ところが最近のバトル漫画はといえば、まさにこの展開の繰り返しとなっている。
(全てのバトルマンガというより、この文章から真っ先に浮かぶ某マンガを指しているといえるか)

人間がワニに素手で立ち向かっても全然攻撃が効かない。

やがてモリで突こうとするが今度はワニも反撃、それを噛み砕きさらに襲い掛かる。

喰われそうになった人間が隠し持っていた銃を取り出し、射殺するといった具合である。
(実際にこんなことをするのはかなりの馬鹿だ)

ある意味主人公には勝ちが約束されているが、
その前提を持ってしても圧倒的な実力差を持って敵を粉砕する場面はほとんど描かれない。

ここに最初に言ったような人間の本質的なものが垣間見えるというわけだ。

・人間は現実を超えたものを求めるから、現実をそのまま描いても面白くない。

・本当は自分の方が強くても全力を出さない状態だと負けてしまう相手を置いておきたい。

昨今のバトル漫画家はこの本質を真面目に実践しているだけなのだ。

ところが彼らに対し、半ば侮蔑とも捉えられる視線を注ぐ者もまた多い。

現実を超えたものが面白いのは判るとしても、表現法が少し単純すぎないかというのだ。

ある意味ではこの人たちは、空想の中に現実を見ているといえる。

現実を超えたものは確かに面白い。

それをわかった上で、もはやそれ自体ではなく、それをどう表現するかを見ている。

結局人間はどちらを求めているのか判らなくなってくる。

例えば批判する側が「あまりにも都合がよすぎる」と言えば、
擁護する側は「奇跡も何も発生しないものはそもそも物語として描く必要がない」と言うだろう。

すると議論はいずれ表現方法の話になり、
物語そのものとは少しばかり違った位置での対決となる。

例えば物語のある場面が凄かったという意見に対してその表現方法が…と返すのは、
まるで現実と空想の間を行き来しているような議論である。

このような場面を幾度となく見てきたが、どちらの言い分が正しいのだろうか。

私にはそれが判らない。

私自身は例えば日本刀が喋るというだけでも面白さを見出せるような人間だが、
(妖怪の絵なんて物語がなくてもそれを見ているだけで楽しいじゃないか)
そういったものをひねりがないと一蹴する側の言い分にも共感できる部分は多々ある。

超能力自体には目がなく、何度奇跡が起こったとしても疑問を持つことすらないが、
一方的(現実的)な戦いにもまた惹かれる部分はある。
だからNEEDLESSを面白いと思えるのか、納得。


私の個人的な考えを言わせてもらえば、
何らかの奇跡が起こるにしてもたった一度きりの奇跡についての物語をなるべく短く書けば、
話もよくまとまってそれほど批判されることもないのではないかと思っているのだが、
実際のところ好きな作品は長く続いてくれることを望む読者も多いのでこれも定かではない。
(当然作者が何を描きたいかによっても左右される部分はあるだろうが)

そんな世界を彷徨っているうちに、自分がどんな主張をすればいいかわからなくなる。

現代においてはありがちな話ではなかろうか。

ただ私はどんな話であっても、作者自身が次の展開を作っていく原作は面白いと思うし、
ほとんどの場合新たな設定の追加がなく、既存のキャラをどう動かすかだけという、
ある意味現実の垣間見えてしまうアニメオリジナル編はあまり好きではない。

手段は問わず、より現実を超えたところにあるものを求める習性の強い人間といえるだろう。

だからこそアイドル育成ゲームをロボットアニメにしてしまうような、
アニメの原作無視ともいえる展開には逆に惹かれるものがあるのだ。
(まあアイドルマスターゼノグラシアは一切見てないんですけどね)

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