虫女

ブリキの表面にかかる虹の重奏に雨上がりの面影を見た。

四方を鉄屑に囲まれたこの空間で、ふと気付くと背後には彼女がいた。

薄汚れた黄色いレインコートから透き通った雫を滴らせ、無言で俯き階段に腰掛けている。

そのような場所に留まっていては、足元から錆を吸い上げ、やがて萎れてしまう。

すぐにこの場を立ち去るように言ったが、俯いたフードからは黒髪が垂下がるばかりだった。

…やがて気付く、彼女は虫の王だ。

この黄色いレインコートの裾は地に着いているが、そこから伸びる足は無い。

視認できないのではなく、人間達の思う足がそこには無い。

もう自らの定めから逃れることはできない。

それならば、あの雨が上がらなければよかったのに。

彼女はこれから死ぬ。

その代りとして、私が今ここにいたのだ。

私は、つい先程からここにいたのだ。

つい先程から、この世にいたのだ。

私の姿はもう、とっくに彼女だった。

この黄色いレインコートの中には、足が入っていない。

雨が、水が、餌が欲しい。