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虚節イッター:記事を更新したいお年頃になってしまったようです
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一言で終わらせるシリーズ

最近時事ネタを追う感じでもないし、虚言に逃げるって感じでもないし妄想もしない。

何を書くわけでもなくただ文章を書いていると、無駄に長くなって一言記事すら書けないんだ。

どんどん書ける記事がなくなっていくような気分だよ。

…お前馬鹿なんじゃないの、何そんなしょうもないことで悩んでるんだよ。

一言記事書きたいんでしょ?よく考えたらちょっと何か言いたいことなんて山ほどあるでしょ。

「なぜそういうコーナーを作らないのか!」

僕、自分自身をマネージメントするんだ。

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この世に自分の作りだしたものを本当に誰にも見られなくていいと思ってる人なんているの?

自分の描いた絵や文章、歌った歌、数々の芸達を生みだしながら、
全く他の人に見せもせずに、もしくは誰にも見られないようなところだけに公開して満足する。

そんな考えを持った人が本当にいるのかな。

誰だってせっかく時間かけて作ったものだったら少しは人に見せたいと思うんじゃない?

だからこそ時間かけて一生懸命になって思考錯誤して腕を磨くんでしょ?

そして相応しい努力にはやっぱりそれ相応の反応が返ってくる。

そうやって達成感を得て、また次の一歩を踏み出していくのが人間だと思うよ。

結局のところ、人からの評価っていうものが創作には必要なんだよね。

それを投げだせる人が実際にいたとしても、結局長続きしないんじゃないかな。

評価はどうでもいいとか言っておいて上手くないから作れないとか言うし、
やりたいと言いながらやらないことだって日常茶飯事だったりするんでしょ。

なら自分に正直になって、評価されるための物づくりに真剣に取り組もうよ。

そうやって本気で作ったものが本当に評価された時の喜びって、凄いよ。

あんなものを味わってしまったら一生抜け出せなくなるんじゃないかって程凄い。

それを知ってるから、また次もそれを手に入れられるレベルを目指した努力ができるんだ。

他人の評価を恐れてはいけない。

評価してくれてる時点で見てもらえたことに対する喜びを感じたいね。

きっと物づくりってそうあるべきだと思うんだ。

ところで、君は今何か作りたいものはあるかい?

よかったら今度、僕にも見せてよ。

なあ、お前昨日の晩御飯ってさあ…

どう食べた?

なんで昨日の飯を思い出す時って「何を食べたか」程度のレベルなんだろうな。

そしてなんでその程度のことを思い出すのに結構苦労するんだろうな。

どうやって食べたかまで正確に覚えてるような奴っているんだろうか?

これはちょっと考えただけでも難しいことだとわかる。

何が難しいって再現性がないから入力が本当に1度しかない。

例えばこれが景色なら、同じ場所に行けばほぼ同じものを見ることができる。

でもどうやって食べるかなんてその時の気分でも変わるし、食べたものはなくなってしまう。

つまりこれはわりとやればできそうでいて、超人クラスの能力者にしか不可能なことだ。

…と思ったのだが、実際のところどうなんだろうか。

とりあえず1日(3食)分くらいなら頑張ればなんとかいけそうじゃないか?

自分の飯の食べ方を覚えて記憶力を上げようというトレーニング。

なんか地味に効果ありそうな気がするねぃ!

体はバランスよく鍛えないと駄目だねぇ~。

例えば指の力を人体に穴をあけられるくらい鍛えたとするじゃない。

でも指の力が強いだけじゃ重い物持てないよね。

腕の力を鍛えたら持てるようになるけど、肩の力も必要になってくるよね。

そこまで鍛えても腹筋や背筋を鍛えてないと持ち上げた時バランス取れないよね。

しゃがんでからじゃないと持ち上げられないくらい重いものになってくると、
足の力も当然必要になってくるよね。

全部鍛えて重い物が完全に持てるようになったけど、
それを投げようとして体をひねったときに腰がバキバキッといくよね。

結局重い物が持てるようになれば、普段は荷台に乗せて運んでたのに、
持てるようになったから手で持って運ぼうと思うようになって、
そうなると今度はもう一つ持てるようにするためにもっと力が必要になる。

もう一つ持てるようになったらまた別のものを追加で持とうとするし、
もっと力が付いたら本来はとても持ち運べるようなものではない物まで持とうとする。

きりがないわけよ。

その途中で絶対どこか壊れるわけよ。

だから力なんてあっても意味がないんです。

どうせ人間なんだったら頭を使いましょう。

ちなみに私がこんな記事を書いてしまったのは、特に頭を使ってなかったからです。

では、頭を使いましょう。

今日が今日でなければ、明日が明日ではない可能性があるか?

いや、今日が今日でなかったとしても、私にとって明日はやはり明日だろう。

昨日は昨日ではなかったのかもしれない。

でも明日は間違いなく明日だろう。

この瞼が垂れ下がってきて、やがて意識がなくなり、ふと目覚めればそれは明日だろう。

虚言の季節にも今のところできないことがある。

それが明日の記事を書くことだ。

明日の記事を書いてしまうと明日が来ることを肯定できなくなる。

私はそれが怖いのだ。

明日が必ずしも明日ではないというのであれば、もう明日が来ない可能性すらある。

だから明日の記事だけは明日が来るまで取っておこうと思う。

虚節年は実年に追い付くことはできるが、追い越すことは決してできないのだ。

なぜなら、私がそれをさせないから。

虚言の季節にできないことは、私がさせないことだけ。

それくらい私は虚言の季節を支配しているし、
虚言の季節は嘘を使うことによってどのような思考も体験も作り上げることができる。

今ここで、恋に恋する乙女になることだってできるの。

だが私の明日だけは、絶対に私に奪わせない。

これは私との戦いだ。

虚言の季節に明日を支配させないための、私と私の戦いだ。

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